白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 言い争いの相手は誰だろう?大勢の人が居るとはいるのに、止めようとする人がいないことに違和感がある。もちろん自分たちも。

「夏樹君。ここは寒いな」
「そうだね。お兄ちゃんは平気?こっちの方が暖房が強いよ」
「そうするか。よいしょっと……」

 晴海さんが距離を詰めて座ってくれた。さり気なくガードされている。お菓子も頂いておけと、トレーを差し出された。なんて世話焼きなのか。

「お兄ちゃんって世話焼きタイプだね~」
「黒崎家にはいないタイプだ」
「少数派バンザイだよ~」
「今はそう思う。キミも同じだ」

 ほっこりした時間を過ごしていると、向こうの言い争う声が小さくなった。そっと顔を向けようとした時、暗い色のスーツに視界を遮られた。それは黒崎だった。何も言わずに守ってくれた。黒崎らしい方法で。

「黒崎さん。そろそろ会館へ移動するの?」
「もう少しだ。施主の親父が先に行っている。兄さん寒くないか?」
「俺は平気だ。どうしたんだ」
「風邪を引いているだろう。一貴から聞いた。こっちが温かいはずだ」
「そうだねえ……」

 俺たちのことを出入口に近い場所へ促した。これも必要なことなのだろう。お義父さんが隣の会場に移動した後、この騒ぎが始まったようだ。

(黒崎さんは仲裁に行けないもんね。相手にすると大騒ぎになるから……)

 誰かの肩を持つことになる。どっちが悪いのかも分からないことだ。この場では、一貴さんが間に入って収められている。誰もいないのなら黒崎の登場だ。お義父さんからそう教えてもらった。

 ぼんやりしながら庭を眺めていると、肩や首まわりが温かくなった。さらに黒崎の匂いも近づいた。

「黒崎さん~。こんなところで抱き寄せるなよ~」
「あのなあ。これを羽織っておけ。まだ出られない」
「え?」

 黒崎のコートを羽織らされていた。どうりで温かいわけだ。

 法事の席だからと、暗い色のコートを着てきた。気持ちが沈むとは思ってはいけないことだ。それでも片隅では思ってしまう。でも、今は明るい気持ちになった。気持ちも温かくなったからだ。

 黒崎と晴海さんが言い合いを始めた。お義父さん相手のレベルではないにしろ、兄弟としての会話が成り立っている。そのネタは会食のメニューについてだ。

「晴海兄さん……。鯛や伊勢海老は出せない。慶事の食材は避けるべきだ。帰りに店へ行け」
「食べたいと言っただけだ。この席で出せとは言っていない。頭の固いやつだな」
「常識的なことを口にしているだけだ」
「二人とも、やめてよ~~」

 こういう組み合わせが珍しいから、注目を集めてしまった。せっかく大人しく待っていたのに。すると、さっきの年配の女性と一貴さんの話す声が聞こえてきた。その年配の女性は一貴さんのお母さんだと分かった。

「お母さん。外で話すぞ」
「一貴さん、私が言っているのは……」
「いいから」

 黒崎の肩越しに奥のフロアを見ると、一貴さんがお母さんのことを外に連れ出していた。それを見送るように視線を向けている人の中には、この場では初めて会う女性が立っていた。拓海さんと晴海さんのお母さんの瑛子さんだ。

 お義父さんの初めての奥さんだ。いくら離婚したとはいえ、拓海さんが亡くなった後は出席していたそうだ。しかし、7回忌を過ぎたあたりから出席しなくなったと聞いている。ましてや、拓海さんはカトリックに改宗している。

(お墓参りで会ったっきりだ。挨拶したいな。なかなか難しいかな?)

 毎年4月20日の命日には、拓海さんのお墓参りをしている。偶然そこで会った。優しそうな人だ。黒崎からすると、親戚のおばさんのように思っていたそうだ。大人になった後は交流がなく、こういう機会でしか会わない。

 息子がいても、お義父さんの元恋人は出席しないと聞いている。亡くなった人と親しかったケースは別として。

(拓海さんのお母さんは出るとしても。一貴さんのお母さんが出席した理由は?黒崎さんは教えたがらないだろう……)

「そろそろ会館へ行こうよ。みんな動いているよ」
「そうしよう。こっちを歩け」
「はーい。お兄ちゃん。行こうよ」
「子ども扱いするな。先に行け……。うちのお袋のことはいいから」
「頼む。兄さんの席は親父のそばだ」
「分かっている。早く……」
 
 黒崎から手を引かれて外に出る間際に、奥のフロアを振り返った。晴海さんが瑛子さんの元へ向かっている。瑛子さんが一貴さんのお母さんから一方的に喧嘩を売られたのだと知った。
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