白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 12時半。

 20階のオフィスに戻ってきた。午後からの会議資料を開き、最終確認をした。デスクには、秘書からのメモが置かれていた。深川さんからの伝言だった。土産で渡したいものがあるため、部屋に寄ってくれ。帰るまででいいと書かれてある。これは口実だ。あえて秘書室を通した内線で連絡を寄越したのは、本来の用件のカモフラージュだ。今までに何度もあったことだ。

(聞き耳を立てている連中がいるからだ。そこにもいたか……)

 経営企画部の、高田部長代理の姿が視界に入った。今回の人事で課長から昇進した。19階がオフィスであり、今日はミーティングがない。何の用件があるのか?デスクから動くとすれば会議ぐらいだ。この一週間は多忙な時期だ。

 その行き先は、マーケティング推進室の、”枝川室長”のデスクのようだ。彼もまた昇進した。十分にエリートコースを進んでいることで、数々の嫉妬の標的になったはずだ。何を言い出すのやら。このまま様子をみよう。嫌味ひとつを食わらすのは、予想がついている。

 この休憩中に副社長へ出向こう。昼食の後で。そばの棚に置いてある、ランチボックスを取った。夏樹から持って行けと渡された。あの子の負担を増やしたくないが、このデスクで広げるのは悪くない。殺伐とした景色の中、肩の力が抜けるからだ。

「今日のイメージは?シンプル版か、おとぎの国か……」

 ランチボックスの蓋を開くと、ウサギとネコのピックが差し込まれていた。俵型の小さめのおむすび、唐揚げ、厚焼き玉子が並んでいる。その厚焼きが半分にカットされて、ハートの形になるように置かれている。ボックスにはメモが貼り付けてあった。

「”妹のお弁当”がテーマか。なるほど。女性はこういうものが好みなのか……」

 妹の万理に作ってやった時代を、思い出したのだろうか?沙耶が持って行くものも同じだろうか?そろそろ夏樹が会いたがる頃だ。まだ姉的な存在を必要としている。

(可愛い子だ。沙耶も可愛がってくれている。ありがたい。……どうした?)

 枝川のデスク方面から視線を感じた。高田がこちらを向いていた。笑顔を浮かべているが、剣呑な空気が漂っている。枝川はというと、適度にあしらっている様子だ。安心して食べることが出来る。

「美味い。唐揚げは醤油ベースか。彩りがいい」

 これを作っている姿を思い出した。キャンペーン商品である、シャルロットがプリントされたエプロンを着ていた。茶系の生地に白い紐がある。夏樹の髪の毛やイメージに合っていた。何でも似合う子ではある。

 ピックをつまむと、ウサギの形に切ってあるカマボコが出てきた。なんて可愛らしいのか。やっていることが愛おしい。

 夏樹の顔を見たくなった。今日はビデオ通話を選択して発信すると、何度目かのコールの後、学食らしき場所が映り込んだ。しかし、本人が映し出されていない。

「夏樹?……悠人君か?」
「はい。悠人です!待っててくださいね。なつきー、起き上がれよー」

 画面に登場したのは悠人だった。焦った顔をしている。何か起きたのには違いないだろう。少し待っていると、本人が登場した。顔を赤くしている。ガラスの器を持っている。デザートのようだ。

「……何があった?」
「黒崎さーん。プリンアラモードが床に落っこちたんだよ。布きんでテーブルを拭いたときに、当たったんだ。まだ食べていないのに。うっうっ」
「仕方ないだろう。また買えばいい。残りを食べた後で」
「もう売り切れなんだよー。限定メニューだから、競争率が高いみたいだし。新しい学食だからさ。まだ慣れていないから分からなかったし……」

 そうか。相槌を打った。自然と笑い声がもれた。本気で悔しがっているからだ。キャンパスを移動したことで、昼食の場所も変わった。ビュッフェ形式の ”ソクラテス食堂” だと聞いた。画面越しに見える限りでは、利用者の数が多そうだ。デザートの種類が多いと喜んでいたが、その分競争率も高いのか?
 
 夏樹が残っているクリームを食べ始めた。がっかりした気持ちが表れている。チェリーは無事だったと呟いた。悠人が何かを差し出している。小さなマフィンだった。機嫌を取ってもらえたらしい。

「……黒崎さんまで笑ってるじゃん~」
「拗ねるな。今夜は外食にしよう。甲藤パティシエのデザートはどうだ?都内に店を出したそうだ」
「マジで?いつから?」
「先月の下旬からだ。連絡があった」

 甲藤パティシエは夏樹が高校生の頃からのファンであり、地元を離れる際には寂しがった。テイクアウトだけでなく、店内仕様のデザートも食べたがっていたから、ちょうど良かった。

「これで機嫌が直ったか?」
「うんっ。……ううん?最初から悪くなかったよ?ヘコんでただけ」
「悪かっただろうが。……食事へ行く前にショップへ寄るぞ。夏物のシャツを頼んである。Tシャツも入荷している」

 そろそろ夏物を揃えたい。しかし、本人がなかなか腰を上げないから、暑くなった後で店へ連れて行くのがパターンだ。来月は忙しい。時間が取れないはずだ。この画面に映し出されているのは、唐草模様のTシャツ姿だ。似合わなくはないが、通学以外では別のテイストの服装をさせたい。

「クローゼットが満杯だよ~。黒崎さんの方にも入れているのに」
「今年の夏は去年より涼しいそうだ。羽織るものがあるといい。そうだろう?」
「そうだねえ。それならさー、浅草にも買い物に行こうよ。通学ファッションに必要だもん」
「土曜日はどうだ?今日のTシャツも似合っているぞ」
「そう思うだろー?ネットで買ったけど、思ったより生地がしっかりしてるよ。デザインもいいし」

 夏樹の顔がパッと明るくなった。機嫌を取ることが完了した。さらに、今夜は気に入ったデザートを用意させる。どんな笑顔になるのか楽しみだ。達成感がクセになっている。

 ふと、夏樹の鎖骨に視線が向いた。白い肌が見えそうで見えない。遠慮なく視線を向けると、即座に指摘された。”イヤらしいことを考えているだろう?”と。もちろんだと即答した。

「……失礼しました」
「……お疲れ様です」

 高田がデスクを横切る間際に、こちらに視線を寄越してきた。取り繕うことなく笑いかけると、さっと目を逸らして出て行った。俺の方は秘書室に立ち寄り、副社長室に行くと伝えた後、オフィスを出た。
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