白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 黒崎が笑っている。何か含みがありそうだ。じっと見つめていると、スッと両目が細められた。指先で唇に触れられた後、軽く引っ張られた。何も言わないから怖くなってきた。黒崎は微笑んでいるだけだ。さらにフニフニと触れられた。

「どうしたんだよ?何かあったの?」
「帰るぞ。2人とも、ありがとう」

 お連れ様でーす。2人から手を振られた後、肩を抱かれた。進行方向は正門ではなく、銀杏並木の向こうだ。そして、木の幹の裏へと促された。ここからは教務課や保健センターの看板が見えている。黒崎が視線を向けた後、俺の方に向いた。

「また寄るの?」
「いや。せっかくだから散歩していこう。ここから外に出られる。タクシー乗り場もある」
「そうなんだ?まだ慣れてないから知らなかったよ。ここって広いからさ~」
「研究棟が多いからな。迷子になっても仕方ない。GPSで見つけてやる。本部センターからも、作動させることが出来る」
「またブザーが鳴るのは嫌だよ。焦ったし恥ずかしかったもん」
「板割りをするな。あの時は心配した」
「わああっ」

 急に黒崎が立ち止まった。肩を抱かれたままだから、足元がヨロけた。もたれ掛かるような体制になった後、立ち直した。腕が巻き付いているから、抱きつくしかない。腰の辺りや背中に両腕が回されて、一向に離してくれそうもない。スーツの肩に顔をうずめた。

「黒崎さん。んん…?」
「逃げるな」
「逃げてないよー」
「離れるな」
「離れてないってばー」

 よっぽど何かあったのだと心配になった。何とかして見上げると、拗ねたような眼差しを向けられていた。そして、やっと理由を教えてもらえた。藤沢が見つけたサイトの件だった。黒崎自身も知っており、面白くない気分になったそうだ。

「たまたまだよ。IKUが許可したか分からないけど」
「話は通してあるはずだ。教務課のそばに、学生ホールがあるのは知っているか?サイトを見た男子学生が騒いでいた。だから知った。同じ学科の生徒はどうだ?」
「よく話しているよ。日下と矢代と親しくなったよ。八代は、音楽活動のことを知らなかったんだ。日下は知っていたけど……。”両立は大変だな。ノート取りを手伝うぞ” って言ってくれたよ。その代わりに試験対策を担当するよ。うちの学科はまとまったよ」
「いい流れだ。さすがだ」
「なんだよ?何かしたのかよ?」
「個人的なコネを使った。日下葉月君は、大学時代の先輩の甥っ子だ。お前たちと仲良くしてやってくれと、頼んでおいた」
「うっうっ。保育園児みたいだよ~」

 パートナーというよりも、本気で保護者に思える。へなへなと力が抜けたから、もたれ掛かった。いっそう腕の力が強くなった。どうも黒崎の様子がおかしい。優しい表情をしているけれど。聞かない方がいいかな?

 その代わりに、胸のあたりに耳を押し当てた。鼓動が伝わってくるかと思ったのに、木の葉が揺れる音で、感じることができない。はっきり理由を聞きたくなった。

「黒崎さん。吐けよー。話してごらん?」
「嬉しいことがあった」
「そっかー。どんなこと?」
「憧れていた人に本気で認められた。副社長へ進めと背中を押された。期待に応えたいのが半分、必要とされているなら務めたい思いが半分だ」
「黒崎さんの意思は、どこにあるんだよ?あんたは ”やりたい” の?その思いって、今までと同じじゃないの?お義父さんを見返してやりたくて、黒崎ホールディングスを独立させたんだろ?今度は誰のことが理由なんだよ?」
「お前は鋭すぎる」
「それだけ一緒に居るもん。難しいことは分からないけど。体が冷えてるって感じるんだ。燃えている時は暑いもん」

 4月に入ったのに、夕方になると風が冷たくなる。体温を分けるようにして、背中に両腕を回した。黒崎は笑っている。だから大丈夫だ。何が引っかかっているのかな?泣きたくなるようなことがあるのかな?

 今までの彼のことを思いめぐらせた。子供の頃から期待されて、黒崎製菓グループや、黒崎家のトップになるように方向づけられた。まるで学級委員のようだ。

「学級委員みたいだね。何でも出来る子って押し付けられるんだよ。本人は嫌だって言っているのに。3年連続とか。覚えがあるだろー?」
「あったような気がする。お前にはかなわない」

 黒崎が力が抜けたと言って、笑い出した。頭を撫でられているかわりに、こっちも背中をさすってやった。まだ考えている段階だったのだろうか?やっと決定したのか?
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