白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 カタ……。

 廊下に出ると、書斎のドアの向こうから話し声が聞こえてきた。うちの両親が相手だと聞いているから、遠慮なく入ろうとして手を止めた。伊吹と話しているようだ。なんだかんだいって、二人は仲がいい。

「……今回は、……こちらは……入院はしなくていいのか?」
「え?誰が?」

 自然と声が出てしまった。足音がしたかと思ったら、ドアが開かれた。黒崎が電話をしながら促してきて書斎へ入り、椅子に腰かけて、電話が終わるのを待った。

「……夏樹が起きてきた。また連絡する。ありがとう。……夏樹。どうした?」
「誰が入院するの?」
「いや、誰も入院しない」
「黙っていないでよ。お兄ちゃんと話していたんだよね?聡太郎君のこと?」
「いいや。違う。伊吹君の知り合いの、黒崎ファーマーズ社の社員が怪我をした。入院はしない。重くないそうだ」
「それでも大変だね。……そうだ」
「どうした?」
「さっき悠人から電話が入ったんだ。一貴さんの件で。二人きりでの食事の誘いを受けてて……」

 悠人から聞いたことをストレートに話した。一切自分の言葉を挟むことなく。小さなことでも食い違いが出てくるからだ。

 俺が話している間、黒崎は静かに相づちを打ちながら、一言も挟むことなく聞いてくれた。表情を変えずに、かと言って無表情ではない。とても話しやすい。安心して全て話し終えると、黒崎が思案顔になった。

「今から一貴に話を聞く」
「悠人の希望は、一貴さんと二人きりにならなかったらいいっていうことだよ」
「そういうわけにはいかない。一貴の、ある種の悪い癖のせいだ」
「……ナンパ癖?」
「そうとも言える。言い当てたな」

 黒崎が吹き出したから安心できた。笑えないレベルではなさそうだ。しかし、急に怖くなってきた。今、黒崎が真剣な顔になったからだ。彼から頭を撫でられながら、身体にもたれかかるようにして立った。あの兄貴には困った習性があると茶化されたが、黒崎が冷静なままだから胸がドキッとした。

「一貴には収集コレクター癖がある。好きなものを手に入れたい男だ。今まで通りなら、相手に決まった相手が居れば、潔く身を引いていた。悠人君のことは違うのか……」
「コレクター?……何それ?」
「好きな相手への気持ちを集めることだ。あの子が可愛い。愛おしい。それも複数いる。それぞれをファイリングするようにして楽しんでいる男だ」
「今まで問題が起きたの?事件とか」
「それはない。純粋に好きになるだけだ。特定の相手を作らないのは多忙さもあるが、一人に決められないことも原因だ。同時に、数人に恋愛感情を寄せることができる。本人は認めていないが、俺から見るとその通りだ。……この家の体質が悪い。自分の息子を、黒崎家の中心メンバーに据えたい考えの人がいる。法事で分かっただろう?一貴の母親が当てはまる」
「お母さんのことを嫌がっていたね。一貴さんはごく普通の感覚がある人だと思うのに……」
「常識はある。人柄もいい方だ。問題なのは気に入ったものを集めようとする性格だ。悪いようにはしないし大事にする。ただし、相手の意思は関係ない傾向がある」
「一貴さんなら、いくらでも相手の方から声がかかるんじゃないの?あんたもそうだったよね?」
「ああ。いくらでも寄って来た。20歳のバイト秘書に群がってきたぞ。出世するかどうかも分からない。肩書きも稼ぎがあるわけでもない。この家の息子なら有望だそうだ。一貴も同じ経験をしただろう」
「声をかけてくる相手には興味がない人なんだね」
「おそらく……」

 本人から聞いていない分には想像でしかない。クギを刺せば済む話だと言い、黒崎が一貴さんに電話をかけ始めた。

 この書斎の窓にはカーテンを掛けていない。ロールスクリーンを上げたままだから、月明かりが差し込んだ庭木が見えた。窓辺に立って夜空を見上げると、満月が浮かんでいた。ふと、母から聞いた話を思い出した。

(満ちた後で欠けていく月は、要らないものを手放す意味がある。……下弦の月に変わるまで。捨てていくのとは違うのか。あ、話してる……)

「……その収集癖をやめろ。……何があるんだ?理由を話せ」

 黒崎の話し声が聞こえ始めた。聞き耳を立てなくても構わない。堂々としていられる。聞かせたくない話ならば、早々に寝室へ戻されている。悠人のことだから、この場に居られるのだろう。何か起きる前に助け合いたい。黒崎からは蚊帳の外にされていない。

 一貴さんは一代でプラセルを築き上げた人だ。もっと欲しいものがあるから、黒崎から収集癖と言われるほどになったのか?それとも、寂しいということだろうか。それなら黒崎と似ている。

(俺も悠人も……自分達だけでは解決出来ない。悔しいよ。ここは任せるべきだ……)

 まだ20歳だ。力があるわけがない。これから身に着けていけばいい。まるで被害妄想だ。同じ敷地に住んでいる兄弟のことを疑っている。せっかく集まったのに。

「……まずは、悠人君とは距離を取れ。ああ……、ついさっき早瀬から叱られたのか。その程度で済んでよかったな。……夏樹。先に寝ていろ。気温が下がってきた。今ここで、一貴と電話で話すか?」
「ううん。戻っているよ」
「そういうことだ。弟に心配をかけるな。親友だぞ、悠人君は」
「おやすみ……」
「すぐに行く……」

 そう声をかけられて素直に書斎から出ようとした時、黒崎から微笑み返された。だからこそ、安心して寝室に戻ることが出来た。

 自分は甘ったれで情けない。そう思いながらも心強く感じて、ベッドに横になった後は、すぐに眠気が起きた。
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