127 / 265
15-9
しおりを挟む
カタ……。
廊下に出ると、書斎のドアの向こうから話し声が聞こえてきた。うちの両親が相手だと聞いているから、遠慮なく入ろうとして手を止めた。伊吹と話しているようだ。なんだかんだいって、二人は仲がいい。
「……今回は、……こちらは……入院はしなくていいのか?」
「え?誰が?」
自然と声が出てしまった。足音がしたかと思ったら、ドアが開かれた。黒崎が電話をしながら促してきて書斎へ入り、椅子に腰かけて、電話が終わるのを待った。
「……夏樹が起きてきた。また連絡する。ありがとう。……夏樹。どうした?」
「誰が入院するの?」
「いや、誰も入院しない」
「黙っていないでよ。お兄ちゃんと話していたんだよね?聡太郎君のこと?」
「いいや。違う。伊吹君の知り合いの、黒崎ファーマーズ社の社員が怪我をした。入院はしない。重くないそうだ」
「それでも大変だね。……そうだ」
「どうした?」
「さっき悠人から電話が入ったんだ。一貴さんの件で。二人きりでの食事の誘いを受けてて……」
悠人から聞いたことをストレートに話した。一切自分の言葉を挟むことなく。小さなことでも食い違いが出てくるからだ。
俺が話している間、黒崎は静かに相づちを打ちながら、一言も挟むことなく聞いてくれた。表情を変えずに、かと言って無表情ではない。とても話しやすい。安心して全て話し終えると、黒崎が思案顔になった。
「今から一貴に話を聞く」
「悠人の希望は、一貴さんと二人きりにならなかったらいいっていうことだよ」
「そういうわけにはいかない。一貴の、ある種の悪い癖のせいだ」
「……ナンパ癖?」
「そうとも言える。言い当てたな」
黒崎が吹き出したから安心できた。笑えないレベルではなさそうだ。しかし、急に怖くなってきた。今、黒崎が真剣な顔になったからだ。彼から頭を撫でられながら、身体にもたれかかるようにして立った。あの兄貴には困った習性があると茶化されたが、黒崎が冷静なままだから胸がドキッとした。
「一貴には収集癖がある。好きなものを手に入れたい男だ。今まで通りなら、相手に決まった相手が居れば、潔く身を引いていた。悠人君のことは違うのか……」
「コレクター?……何それ?」
「好きな相手への気持ちを集めることだ。あの子が可愛い。愛おしい。それも複数いる。それぞれをファイリングするようにして楽しんでいる男だ」
「今まで問題が起きたの?事件とか」
「それはない。純粋に好きになるだけだ。特定の相手を作らないのは多忙さもあるが、一人に決められないことも原因だ。同時に、数人に恋愛感情を寄せることができる。本人は認めていないが、俺から見るとその通りだ。……この家の体質が悪い。自分の息子を、黒崎家の中心メンバーに据えたい考えの人がいる。法事で分かっただろう?一貴の母親が当てはまる」
「お母さんのことを嫌がっていたね。一貴さんはごく普通の感覚がある人だと思うのに……」
「常識はある。人柄もいい方だ。問題なのは気に入ったものを集めようとする性格だ。悪いようにはしないし大事にする。ただし、相手の意思は関係ない傾向がある」
「一貴さんなら、いくらでも相手の方から声がかかるんじゃないの?あんたもそうだったよね?」
「ああ。いくらでも寄って来た。20歳のバイト秘書に群がってきたぞ。出世するかどうかも分からない。肩書きも稼ぎがあるわけでもない。この家の息子なら有望だそうだ。一貴も同じ経験をしただろう」
「声をかけてくる相手には興味がない人なんだね」
「おそらく……」
本人から聞いていない分には想像でしかない。クギを刺せば済む話だと言い、黒崎が一貴さんに電話をかけ始めた。
この書斎の窓にはカーテンを掛けていない。ロールスクリーンを上げたままだから、月明かりが差し込んだ庭木が見えた。窓辺に立って夜空を見上げると、満月が浮かんでいた。ふと、母から聞いた話を思い出した。
(満ちた後で欠けていく月は、要らないものを手放す意味がある。……下弦の月に変わるまで。捨てていくのとは違うのか。あ、話してる……)
「……その収集癖をやめろ。……何があるんだ?理由を話せ」
黒崎の話し声が聞こえ始めた。聞き耳を立てなくても構わない。堂々としていられる。聞かせたくない話ならば、早々に寝室へ戻されている。悠人のことだから、この場に居られるのだろう。何か起きる前に助け合いたい。黒崎からは蚊帳の外にされていない。
一貴さんは一代でプラセルを築き上げた人だ。もっと欲しいものがあるから、黒崎から収集癖と言われるほどになったのか?それとも、寂しいということだろうか。それなら黒崎と似ている。
(俺も悠人も……自分達だけでは解決出来ない。悔しいよ。ここは任せるべきだ……)
まだ20歳だ。力があるわけがない。これから身に着けていけばいい。まるで被害妄想だ。同じ敷地に住んでいる兄弟のことを疑っている。せっかく集まったのに。
「……まずは、悠人君とは距離を取れ。ああ……、ついさっき早瀬から叱られたのか。その程度で済んでよかったな。……夏樹。先に寝ていろ。気温が下がってきた。今ここで、一貴と電話で話すか?」
「ううん。戻っているよ」
「そういうことだ。弟に心配をかけるな。親友だぞ、悠人君は」
「おやすみ……」
「すぐに行く……」
そう声をかけられて素直に書斎から出ようとした時、黒崎から微笑み返された。だからこそ、安心して寝室に戻ることが出来た。
自分は甘ったれで情けない。そう思いながらも心強く感じて、ベッドに横になった後は、すぐに眠気が起きた。
廊下に出ると、書斎のドアの向こうから話し声が聞こえてきた。うちの両親が相手だと聞いているから、遠慮なく入ろうとして手を止めた。伊吹と話しているようだ。なんだかんだいって、二人は仲がいい。
「……今回は、……こちらは……入院はしなくていいのか?」
「え?誰が?」
自然と声が出てしまった。足音がしたかと思ったら、ドアが開かれた。黒崎が電話をしながら促してきて書斎へ入り、椅子に腰かけて、電話が終わるのを待った。
「……夏樹が起きてきた。また連絡する。ありがとう。……夏樹。どうした?」
「誰が入院するの?」
「いや、誰も入院しない」
「黙っていないでよ。お兄ちゃんと話していたんだよね?聡太郎君のこと?」
「いいや。違う。伊吹君の知り合いの、黒崎ファーマーズ社の社員が怪我をした。入院はしない。重くないそうだ」
「それでも大変だね。……そうだ」
「どうした?」
「さっき悠人から電話が入ったんだ。一貴さんの件で。二人きりでの食事の誘いを受けてて……」
悠人から聞いたことをストレートに話した。一切自分の言葉を挟むことなく。小さなことでも食い違いが出てくるからだ。
俺が話している間、黒崎は静かに相づちを打ちながら、一言も挟むことなく聞いてくれた。表情を変えずに、かと言って無表情ではない。とても話しやすい。安心して全て話し終えると、黒崎が思案顔になった。
「今から一貴に話を聞く」
「悠人の希望は、一貴さんと二人きりにならなかったらいいっていうことだよ」
「そういうわけにはいかない。一貴の、ある種の悪い癖のせいだ」
「……ナンパ癖?」
「そうとも言える。言い当てたな」
黒崎が吹き出したから安心できた。笑えないレベルではなさそうだ。しかし、急に怖くなってきた。今、黒崎が真剣な顔になったからだ。彼から頭を撫でられながら、身体にもたれかかるようにして立った。あの兄貴には困った習性があると茶化されたが、黒崎が冷静なままだから胸がドキッとした。
「一貴には収集癖がある。好きなものを手に入れたい男だ。今まで通りなら、相手に決まった相手が居れば、潔く身を引いていた。悠人君のことは違うのか……」
「コレクター?……何それ?」
「好きな相手への気持ちを集めることだ。あの子が可愛い。愛おしい。それも複数いる。それぞれをファイリングするようにして楽しんでいる男だ」
「今まで問題が起きたの?事件とか」
「それはない。純粋に好きになるだけだ。特定の相手を作らないのは多忙さもあるが、一人に決められないことも原因だ。同時に、数人に恋愛感情を寄せることができる。本人は認めていないが、俺から見るとその通りだ。……この家の体質が悪い。自分の息子を、黒崎家の中心メンバーに据えたい考えの人がいる。法事で分かっただろう?一貴の母親が当てはまる」
「お母さんのことを嫌がっていたね。一貴さんはごく普通の感覚がある人だと思うのに……」
「常識はある。人柄もいい方だ。問題なのは気に入ったものを集めようとする性格だ。悪いようにはしないし大事にする。ただし、相手の意思は関係ない傾向がある」
「一貴さんなら、いくらでも相手の方から声がかかるんじゃないの?あんたもそうだったよね?」
「ああ。いくらでも寄って来た。20歳のバイト秘書に群がってきたぞ。出世するかどうかも分からない。肩書きも稼ぎがあるわけでもない。この家の息子なら有望だそうだ。一貴も同じ経験をしただろう」
「声をかけてくる相手には興味がない人なんだね」
「おそらく……」
本人から聞いていない分には想像でしかない。クギを刺せば済む話だと言い、黒崎が一貴さんに電話をかけ始めた。
この書斎の窓にはカーテンを掛けていない。ロールスクリーンを上げたままだから、月明かりが差し込んだ庭木が見えた。窓辺に立って夜空を見上げると、満月が浮かんでいた。ふと、母から聞いた話を思い出した。
(満ちた後で欠けていく月は、要らないものを手放す意味がある。……下弦の月に変わるまで。捨てていくのとは違うのか。あ、話してる……)
「……その収集癖をやめろ。……何があるんだ?理由を話せ」
黒崎の話し声が聞こえ始めた。聞き耳を立てなくても構わない。堂々としていられる。聞かせたくない話ならば、早々に寝室へ戻されている。悠人のことだから、この場に居られるのだろう。何か起きる前に助け合いたい。黒崎からは蚊帳の外にされていない。
一貴さんは一代でプラセルを築き上げた人だ。もっと欲しいものがあるから、黒崎から収集癖と言われるほどになったのか?それとも、寂しいということだろうか。それなら黒崎と似ている。
(俺も悠人も……自分達だけでは解決出来ない。悔しいよ。ここは任せるべきだ……)
まだ20歳だ。力があるわけがない。これから身に着けていけばいい。まるで被害妄想だ。同じ敷地に住んでいる兄弟のことを疑っている。せっかく集まったのに。
「……まずは、悠人君とは距離を取れ。ああ……、ついさっき早瀬から叱られたのか。その程度で済んでよかったな。……夏樹。先に寝ていろ。気温が下がってきた。今ここで、一貴と電話で話すか?」
「ううん。戻っているよ」
「そういうことだ。弟に心配をかけるな。親友だぞ、悠人君は」
「おやすみ……」
「すぐに行く……」
そう声をかけられて素直に書斎から出ようとした時、黒崎から微笑み返された。だからこそ、安心して寝室に戻ることが出来た。
自分は甘ったれで情けない。そう思いながらも心強く感じて、ベッドに横になった後は、すぐに眠気が起きた。
0
あなたにおすすめの小説
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる