白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
156 / 265

18-3

しおりを挟む
 すると、玄関の小道の方から、新しい人影が入って来た。早瀬さんと悠人だった。持っているのはトートバッグだった。図書室で借りてきた本が入っているはずだ。こっちを見て笑っていた。一貴さんの方も、嬉しそうに笑顔を返していた。それを見て、背中の痛みが消え去った。

 ここで浮かべている笑顔は、本当のものだと思った。練習の時に顔を合わせている時も、笑顔を浮かべていた。悠人も一貴さんも。しかし、その時は周りへ配慮してのことで、本当のものではなかったと思う。唇の傷は、火傷をして治りづらいと言い訳をしていた。信頼を裏切られて、それでも一貴さんのことが好きで、どうしていいのか分からないそうだ。早瀬さんも同じだと思う。

 コンサートを控えているし、心の負担を考えて、一貴さんのことで詳しいことを教えてもらっていない。怒り狂った悠人を諫めていた早瀬さんは、黒崎と同じ表情をしていた。後悔と怒りだ。今は違う。悠人のことを、一貴さんへ促している。

 3人のことを眺めていると、黒崎がそばへ来た。昨日の夜、このままではいけないと、悠人たちの方から話があったそうだ。そこで、晴海さんが一番上の兄として動き、花壇の手入れをしようと言い出した。大人の話し合いよりもいいぞと言って。
 
「黒崎さん……。昨日、教えてくれたらいいのに」
「お前の心は別の話だ。傷は消えない。だから家を出ようと話した」
「この庭が好きだから出て行かない」
「親父のことが嫌いだろう?正直に言え」
「ちょっと嫌いだったよ。今は元に戻ったよ」

 黒崎はお見通しだったのか。そっと抱きついた。
 
「お義父さんのことも、放っておけないもん。遠藤さん家に遊びに行ったのは、このため?」
「居ない方がいいそうだ。迎えに行ってやる」
「俺も行くよ。うひゃひゃ。抱き合っているね~」

 悠人が一貴さんへ抱きついた。早瀬さんも軽く抱きしめると、一貴さんが泣きそうになった。まるで子供のようだ。あんな姿を初めて見た。

「黒崎さん……。お兄ちゃんのイメージが……」
「心を開けたんだろう。写真を撮っておくか」
「珍しいね。え?マジで?止めろよ~」

 早瀬さんが逃げようとしている。まさかキスをしようとしたのか?悠人が怒り出している。ちっとも反省していないじゃないかと言いながら。晴海さんは我関せずで、土を運び始めた。そして、遠藤さんの家に行こうとすると、黒崎から止められた。

「面白そうだ。もう少し見たい」
「バカヤロー!喧嘩になるだろ」
「それでいい。親父を迎えに行こう」

 肩を抱かれて歩き始めた。そして、向かいの家へ行くまでに、二葉の今後の話が出た。秘書をやめさせるということだった。彼女を見込んでのことには違いないが、人質にしたのも同然だったと言い出した。

「親父が黒崎製菓グループから身を引く。二葉のことも手放すと言った。月曜日から勤務が始まるが、様子を見て話す。親父からだ」
「黒崎さんが一緒に居てあげてよ」
「二葉が嫌がるはずだ。二人の話だ」
「あとでフォローしてあげてね?」
「親父のことばかりを心配するな」
「妬くなよ。大事にしすぎて加減が分からない人が多いよね?黒崎家って……」
「性格が悪いだけだ」
「台無しにするなよ~」

 左手の甲へキスをされた。ここにも放っておけない人がいる。身体の痛みを取り去ってくれた。お返しにバシバシ叩いてやった。やめろと言いながらも笑っている。

(今夜は満月だなあ……)

 要らないものを手放す。その意味が正しいのなら、この家が新しく進み始めたというか。これからは、いいものが満ちるといい。

 門を開けて、向かいの家へ訪ねて行った。佳代子さんに笑顔で迎え入れられて、昔話をしているお義父さんの顔を見て、ホッと出来た。黒崎家に来て良かった。ここに呼んで良かった。そう思ってもらえるようにしていきたいと思った。

 家に帰ると、早瀬さんと悠人が笑顔で花壇を眺めていた。一貴さんも一緒だ。その光景を見て、お義父さんが黙った。俺と同じく後悔をしているのか。手を握ると、ありがとうという言葉が返ってきて、胸が熱くなった。俺はもう一度握り返し、3人の元へ連れて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜

たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...