白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 朝ごはんを食べている間に、お互いの予定を話し合った。大学は休みで、午後から2時間の収録に出かける。あとは家で過ごす。

 黒崎の方は会議が立て続けにある。今夜は会食もある。電話してこいと言われた。すぐに出られなくても、折り返しがくるが、なるべくそうしたくない。仕事に集中してもらいたい。

「無理だ。どこにいても気になっている。電話を掛けてこい」
「ここは安全だよ。セキュリティを新しくしたし。お義父さんの家に行っておこうか?」
「俺が出た後、すぐに行け。収録から戻った後もだ」
「りょーかい。あとね……」

 仕事のことでも大学のことでも、忙しいからと遠慮するなと言われている。かといって、何でも叶えようとするから躊躇う用件だ。

 今回のアルバムは、高宮プロデューサーが担当している。黒崎の伴奏で歌っている動画が欲しいと頼まれた。出来れば3曲で、1曲は指定がある。有名なミュージカルアニメの主題歌だ。ピアノ伴奏はアレンジでいいと言われている。

「こういうわけなんだ。今月中に欲しいって……」
「食事の後、取りかかる。夜は疲れているだろう。今の方が歌いやすいはずだ」
「ありがとう。ミュージカルアニメは初めてだよね?あんたの伴奏で3年間、歌っているのに」
「そうだな」

 黒崎が早食いを始めて、止める間もなく終了した。さっそくピアノの前で参考動画を見始めている。

 リビングの隣には、グランドピアノの部屋がある。扉を全開にしたから、ここから演奏風景が見られる。動画に残すなら閉めた方がいいのかなと思った。音が入りづらいだろう。

 黒崎のそばへ行った。ピアノを弾き始めた。目を伏せがちにして、素敵な人に変貌した。流れるような指の動きと、温かい音色が広がっている。昔よりも音が丸くなったそうだ。今が幸せだからと言ってくれた。

「夏樹。扉は開けたままにしておけ」
「よく分かったね。俺の考えていること」
「気がつかないわけがない。普段通りの姿を見てもらえ。2曲はどれがいい?」
「”私のお父さん”がいい。久しぶりに」

 俺の十八番だ。2曲目は沖縄民謡にした。課題曲の歌詞は覚えている。発声練習を始めて、キーを確認した。

「夏樹、もたれ掛かって来い」
「イチャついて歌っているバージョンにするのかよ?」
「撮られていると緊張するだろうが。楽しんでおけ」
「うん。るるる~、あの日のキミは九条ネギ~豆腐の値段で喧嘩した~。434円~。うちは98円だから~」
「替え歌はやめておけ」

 背中同士を合わせた。立っているから十分に発声できる。すでに始まった伴奏へ歌声を乗せた。とっくに撮り始めていたのか。

 流れるような旋律のなか、黒崎の身体が揺れ動いている。全く歌には支障がない。それどころか落ち着くし、合間で笑い声も立った。黒崎がわざと身体を動かす時があり、足を踏ん張っている。仕返しに重掛かったり、動いたりしてやった。

「私のお父さんが終了だね。最後に課題曲へ……」
「楽しそうに笑いながらだ。素の姿を見せろ」
「偽りようがないよ~。この体制だと。うひゃひゃ」

 黒崎からの思いやりだ。仕事で頼まれたものだから完璧にしたい。その気持ちを軽くして、俺に任せておけと言っている。言葉でなくても分かる。

 歌い終わった後も演奏が続き、佐久弥のソロ楽曲が始まった。”月にウサギは住んでいません”と、”回転木馬が逃げだした”だ。

「メリーゴーランドクルクル~木馬が逃げだした~お姫様を見つけたからー」
「お前に合った曲だ。ミュージカルも悪くない」
「そうかな?さすがに出来ないよ」

 覆い被さるようにして囁き声で歌うと、脇腹をくすぐられた。そして、時計の針を見て、続きは帰った後だと、キスをしてやった。すると、反撃された。その蕩けそうな眼差しを向けられて、顔が熱くなってしまった。黒崎は平然として動画を確認している。楽しそうだ。そこで、もう一度黒崎にもたれ掛かり、俺も画面を一緒に見た。
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