239 / 265
28-2
しおりを挟む
坂道を下りて大通りに出ると、キサラギ動物病院が見えてきた。如月の祖父がやっている病院だ。月一度、フィラリア予防薬の受け取りに通っているが、黒崎がアンを連れて行くと時間がかかる。自動ドアの前でそっぽを向かれて、入ることが出来ないからだ。抱き上げているのに。
「黒崎さんがアンを説得している光景、近所で評判だよ。沙耶さんが通りかかって大笑いしたよね。こっちの生活に慣れたのは、あの光景がきっかけだったって」
「納得の上で連れて入りたいからだ。本人が怖がっている。……俺の顔がだと?」
「自覚が無いのかよ?アンが恐怖を感じたらハラスメント、いたたた……」
「憎まれ口をアレンジするな」
言い合いをしていると、クスクス笑いながら人が通って行った。俺たちはセットだと知っている。離れて歩こうとすると、さっと手を繋がれた。危ないから離れるなと言って。
本気の顔だから胸がキュンとした。モジモジと俯いたのは、顔がニヤけているからだ。そして、それがバレてしまった。グイっと手を引かれて仕返しされた。こういうやり取りにもキュンとする。
カンテールの看板が見えてきた。午前中のみ販売のシュークリーム目当てに、どんどん人が入って行く。沙耶さんが気に入っているものだ。
「沙耶の結婚式が近いな。私のお父さんを歌うのか?結婚を許さないと死ぬぞと脅している歌なのにか?」
「リクエストだもん。沙耶さん、こっちへ来て慣れてから式を挙げたいからって。1年半後になったね」
「そう遅くないらしいぞ?結婚が決まった後のスケジュールでは」
「そうなんだ?新居とか決めるもんね。慣れてからにするとか?急ぐ必要はないのか。そうだ。黒崎さんって奥手だったんだよね?俺にだけは……」
沙耶さんから聞いた話だ。俺のことを待ち、地道に他の男を遠ざけては満足していたという。ある意味、変態チックで恐ろしい。
黒崎の反応がないから視線を向けると、電話が掛かっていた。DDのことで話しているようだ。商標権の件では久田弁護士が担当した。腕利きの人でも進んでいない。権利を譲渡してもらうには、法外なお金が絡んだ。一番手っ取り早い方法だ。元はどちらに権利があるのか争ったところで、負けるのは分かっている。そもそもDDとして活動しておらず、佐久弥がアマチュア時代に、数回だけDDを使った。以来、7年間使っていない。
黒崎の電話の相手は早瀬さんだ。黒崎製菓がDDのスポンサーとして予定されている。グループ経営戦略部長として動き、黒崎が副社長として、スポンサーになるかどうか最終決定する。まだ就任前だから、深川さんが決定したことには鳴る。黒崎が、副社長としての初決定がDDの件になるとは予想外だと、苦笑していた。
法外な金額で譲渡されても、後々のトラブルの種は消えないそうだ。おまけにEMIRIが商標登録して、バンドがデビューした。別の名前にすると意味がないし、要求をのむと面倒くさい。
他の企業なら”スポンサーをやめた”と、判断される可能性がある。これは家族のコネだ。思い切り甘える。こういう割り切り方は、伊吹から教わった。好意をどぶに捨てるな。後ろめたいことはやっていない。そう踏まえておけとアドバイスを受けた。
不安な気持ちで待っていると、手を離して肩を抱かれた。道の端っこに移動した後、頭を抱き寄せられた。早瀬さんの声が少し聞こえる。撫でるようにされたり、背中をさすったりされた。
「……夏樹がそばにいる。心配している。そうか。別の名前か。……”To Dear Drops"は、どうだ?夏樹が思いつきで書いた。高宮さんと佐久弥には伝えてあるそうだ。そうか、IKUへ通してくれ」
電話は続いている。スポンサーとしての流れは作っておき、GOサインが出てから進行するそうだ。スタート時期が決まっているのが前提なのに。それは気にするなと言われている。全てが順調に行くケースの方が珍しいからだという。
「……悠人君が歌うのか。交代できるようにか?」
「え?」
「……そうか。大泣きしそうだ」
黒崎が肩を揺らして笑い出した。背中を叩く動作が強くなり、微笑みかけられた。いい話のようだ。
「黒崎さんがアンを説得している光景、近所で評判だよ。沙耶さんが通りかかって大笑いしたよね。こっちの生活に慣れたのは、あの光景がきっかけだったって」
「納得の上で連れて入りたいからだ。本人が怖がっている。……俺の顔がだと?」
「自覚が無いのかよ?アンが恐怖を感じたらハラスメント、いたたた……」
「憎まれ口をアレンジするな」
言い合いをしていると、クスクス笑いながら人が通って行った。俺たちはセットだと知っている。離れて歩こうとすると、さっと手を繋がれた。危ないから離れるなと言って。
本気の顔だから胸がキュンとした。モジモジと俯いたのは、顔がニヤけているからだ。そして、それがバレてしまった。グイっと手を引かれて仕返しされた。こういうやり取りにもキュンとする。
カンテールの看板が見えてきた。午前中のみ販売のシュークリーム目当てに、どんどん人が入って行く。沙耶さんが気に入っているものだ。
「沙耶の結婚式が近いな。私のお父さんを歌うのか?結婚を許さないと死ぬぞと脅している歌なのにか?」
「リクエストだもん。沙耶さん、こっちへ来て慣れてから式を挙げたいからって。1年半後になったね」
「そう遅くないらしいぞ?結婚が決まった後のスケジュールでは」
「そうなんだ?新居とか決めるもんね。慣れてからにするとか?急ぐ必要はないのか。そうだ。黒崎さんって奥手だったんだよね?俺にだけは……」
沙耶さんから聞いた話だ。俺のことを待ち、地道に他の男を遠ざけては満足していたという。ある意味、変態チックで恐ろしい。
黒崎の反応がないから視線を向けると、電話が掛かっていた。DDのことで話しているようだ。商標権の件では久田弁護士が担当した。腕利きの人でも進んでいない。権利を譲渡してもらうには、法外なお金が絡んだ。一番手っ取り早い方法だ。元はどちらに権利があるのか争ったところで、負けるのは分かっている。そもそもDDとして活動しておらず、佐久弥がアマチュア時代に、数回だけDDを使った。以来、7年間使っていない。
黒崎の電話の相手は早瀬さんだ。黒崎製菓がDDのスポンサーとして予定されている。グループ経営戦略部長として動き、黒崎が副社長として、スポンサーになるかどうか最終決定する。まだ就任前だから、深川さんが決定したことには鳴る。黒崎が、副社長としての初決定がDDの件になるとは予想外だと、苦笑していた。
法外な金額で譲渡されても、後々のトラブルの種は消えないそうだ。おまけにEMIRIが商標登録して、バンドがデビューした。別の名前にすると意味がないし、要求をのむと面倒くさい。
他の企業なら”スポンサーをやめた”と、判断される可能性がある。これは家族のコネだ。思い切り甘える。こういう割り切り方は、伊吹から教わった。好意をどぶに捨てるな。後ろめたいことはやっていない。そう踏まえておけとアドバイスを受けた。
不安な気持ちで待っていると、手を離して肩を抱かれた。道の端っこに移動した後、頭を抱き寄せられた。早瀬さんの声が少し聞こえる。撫でるようにされたり、背中をさすったりされた。
「……夏樹がそばにいる。心配している。そうか。別の名前か。……”To Dear Drops"は、どうだ?夏樹が思いつきで書いた。高宮さんと佐久弥には伝えてあるそうだ。そうか、IKUへ通してくれ」
電話は続いている。スポンサーとしての流れは作っておき、GOサインが出てから進行するそうだ。スタート時期が決まっているのが前提なのに。それは気にするなと言われている。全てが順調に行くケースの方が珍しいからだという。
「……悠人君が歌うのか。交代できるようにか?」
「え?」
「……そうか。大泣きしそうだ」
黒崎が肩を揺らして笑い出した。背中を叩く動作が強くなり、微笑みかけられた。いい話のようだ。
0
あなたにおすすめの小説
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる