白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 ステージサイドでは、帰宅する観客への誘導と後片づけが始まっている。俺たちにはスタッフからの拍手が送られた。初日は大成功をおさめた。

 大きなトラブルがなく、観客の中に具合が悪くなった人もいない。この後は短い取材が入る、5分程度の写真撮影で、グダグダの姿でOKだという。

 控え室には黒崎と父、お義父さん達が待ってくれている。悠人が俺の体を支えてくれた。そして、佐久弥から汗を拭いてもらい、控え室へ向かった。すると、長谷部さんが走って来た。何か起きたのか?

「夏樹君!黒崎さんがいらっしゃるわ」
「どうしたの?」
「なつきー、落ち着いてね」

 通路へ出ると黒崎が待っていた。その表情を見るだけで、悪い知らせだと分かった。そして、俺のことを抱きしめた後、教えてもらった。今日は父が来ていないこと。母の具合が悪くなり、昼過ぎに搬送されたこと。2日間が終わった後に、これらのことを教える予定だったことを。

 それらは俺のためだと理解した。嘘をつきたくなくても、そうせざるを得ない。俺はまだ弱いからだ。深呼吸をして頷くと、黒崎が静かに話し始めた。俺が彼の肩口へ顔を埋めながら聞いた。今、俺に教えたということは、母の状態が悪いということだ。

 搬送先と母の病状を聞いた。母方の祖母が付き添っていたが、体調が良くないため、家で休んでもらっているそうだ。さっき万理が交代した。母は話せるのか?
 
「お母さんは……、目を覚ましていない」
「うん……。分かった。親の死に目に会えない……、仕事だから……」
「縁起の悪いことを言うな。お父さん達が付き添っている」
「俺は行けない……」

 ガタガタ震えるだけしか出来ないのか?何か出来ることはないのか?目を覚まさない母に付き添っている二人に。伊吹は海外に居る。知らせを聞いているそうだ。戻れるはずがない。俺と同じ気持ちでいるだろう。

 黒崎のことを見上げた。俺のことだけを瞳に映している。いつもそばに居てくれている。だから不安も寂しさもない。これからも同じだ。

 こういう時に頼りにしている伊吹がいない。今の父と万理にはそういう存在が必要だ。万理の前では、父は気丈に振る舞うしかできない。だからこそお願いしよう。

「黒崎さん。俺の代わりに病院へ行ってほしい。明日の午前中の飛行機で」
「夏樹……」
「なんて顔をしているんだよ?離れていても大丈夫だよ。悠人達がいるし、お義父さんもいる。そばに居て欲しいけど、一番必要としているのは、お父さん達なんだ。お母さんこそ心細いよ。目が覚めた時に2人だけだと……」

 だからお願いしますと、黒崎のことを見つめた。俺のことが心配だと呟いた。そんなことは分かっている。離れている間、俺も黒崎のことが心配だ。

 だったらこうしようと提案した。一時間に一回はビデオ通話する。飛行機とステージ中は話せないが、それ以外ならどこでも、お風呂の中でも話せるよと。
 
 そこまで話すと微笑んでくれた。これで決まった。黒崎に行ってもらう。さっそく控え室に戻った。

 ここには赤いカーディガンを持って来ている。母の胸の上に掛けてもらいたい。縁起担ぎで伊吹から渡されたが、今回は母の力になってもらう。

「願掛けだよ。俺には赤い着物があるもん。着るのは今日で最後だけど。これを眺めていたら大丈夫だよ。これも縁起がいいし」
「分かった。……親父。すまない」
「朝の飛行機が取れるはずだ」

 お義父さんが行くと言ってくれたが、黒崎にお願いした。航空券の段取りを始めて、翌朝の7時発が取れた。まだ少し仕事が残っているから、先に帰って支度をしてもらおう。そう話すと、一緒に帰ると言い切られた。

「支度の段取りを忘れたからだ。手伝ってくれ」
「いいから先に帰れって」
「靴下の場所も知らない」
「はいはい。これじゃ泣けないだろ~」

 場所が分からないのは嘘だ。こういう優しい嘘なら大歓迎だ。長谷部さんから、取材を明日に変えると言われたが、予定通りにしてもらった。そして、普段どおりに務めることが出来た。
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