青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 23時。

 病院の外に出て、駐車場まで歩いているところだ。俺が泣いたから、悠人も早瀬さんも帰れなくなり、さっきまで一緒にいてくれた。今、救急車のサイレンが近づき、搬送されてきた人が病院の中に運ばれていくのを見かけた。俺もこうして何度搬送されたことだろう。それを黒崎に言うと、気にするなという返事が返ってきた。

 空を眺めると、この間と同じくペガスス座とアンドロメダ座が浮かんでいるのが見えた。シリウスが南の空に近づいている。来月は12月だ。しかし、今夜は温かくて、この時間でも息が白くならない。今年は暖冬だと天気予報で言っていたのを思いだした。

「黒崎さん。今年は温かいそうだね?」
「ああ。お前が風邪を引かなくて済む。来月はどこに行きたい?」
「そうだね。あんたの誕生日があるね。今年も家でゆっくりしたいよ。温泉旅行も良いけどね」
「行くか?箱根に一泊二日だ。ロープウェイに乗ろう」
「それ、いいね~。ずっと前に行ったよね。でもさ~、アンをお義父さんに預けていったから、拗ねてさ。俺達の方に来てくれなくなっていたじゃん。まあ、一日掛けて怒りを解いてくれて、元通りになったけどさ。だから、行けないよ」
「ああ、そういうこともあったな。家に温泉水を運んでやろうか?」
「え?そういうのがあるの?」
「ああ。ないことはない。ん?入浴剤で良いのか……」
「うん。それで十分だよ。お風呂のお掃除サービスでピカピカになるし……」

 我が家にもうすぐで掃除の会社の人が来てくれる。バスルームと洗面所、キッチンをやってくれる。夏を越して秋になり、手の届かない場所が汚れてきていて、毎日暮らしている実感がわいている。

 お風呂の隅っこや天井に黒カビを見つけて、気になりつつも放置している状況だ。昔と比べて家事の手を抜き、こういう風景が増えてきている。大学を卒業した後は音楽の仕事が忙しくなる予定だし、家を留守にすることも出てくるから、ますますプロのサービスに頼るだろう。

 黒崎は優しくて、バスルームの黒カビを取り除いてくれている。キッチンの換気扇の掃除も手伝ってくれる。本当に良い人だと思う。

「なんか、また泣けてきたんだ……」
「明日からコンサートだろう。こっちに来い」
「うん……」

 黒崎の身体に抱きついた。とても温かい。コートが気持ちよくて、何度も頬ずりをしていると、笑われてしまった。こんなに好かれるなら、いつも着ていると言ってくれた。

「なんだよ、優しいじゃん」
「いつも優しいつもりだ」

 その通りだ。黒崎はいつだって優しい。偉そうな物の言い方、素っ気ない態度、意地悪を言うこと、どれも喧嘩のタネだが、最終的には俺の意見を聞いてくれる人だ。お義父さんにだって優しい。変な家だと諦めて、前を向いて歩いている。それなら俺の実家も変な家だ。お互い様だ。

「ねえ、黒崎さん。明日は万理が来てくれるよ。会うのは半年ぶりだろ?出張の帰りに実家に寄ってくれて、喜んでいたんだよ」
「ああ、背が高くなったな。生徒に舐められなくていい」
「やっぱ、そう思う?」
「それはそうだ。お前、結局、180cmに到達したじゃないか。いや、179cmだったか……。悠人君は6cm伸びたそうだな?」
「うん。2年かけて、176cmだよ。もう伸びないって悩んでいたのに、まだ伸びそうなんだ。ヴォーカルレッスンで姿勢が良くなったからじゃないかな。俺もレッスンを受け始めた後、ぐんぐん伸びたからさ。久弥を超してやるって言っていたんだけど、引退するから、もう間に合わないね……」

 久弥が後方部隊に移ると発表し、悠人には大きな期待が掛けられている。キシヤマ味噌のコマーシャル、MIDSHIPのイメージモデル。テレビで悠人を観ない日がない。俺はすっかり刺激を受けて、カメラの前に立つことに抵抗感があってはいけないと思うようになり、身が引き締まっている。
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