青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 そのことは夏樹には打ち明けていない。ユーリーとノアが何か言ったかも知れない。しかし、夏樹はフェリックス氏との対面はどうだったのかとは聞いてこなかった。

「いや、虐められたとは報告したんだったか……」

 その時の夏樹は悲しそうにしていたから、ホッとした。怒り狂えば身体に影響がある。心臓だって持たないだろう。ほんの少し悲しいよとだけ、夏樹は答えた。多くは語らない俺の気持ちを考えてくれたのだろう。

 地面を踏みしめると、枯れ葉が鳴る音がした。俺のそばにはユズの木がある。俺がレストラン経営を始めることになった同じ頃に、父が植えたいと言い出した木だ。夏樹や烏丸家の家がある土地の特産品でもある。父は俺がそこに会社を移すと想定していたのだろうか。もちろん、俺は向こうのレストランではユズを使ったメニューを多く出していた。もうすぐで、この庭で、それが収穫できる。

「……前を向けと言うことか。お祖母ちゃん、ありがとう」

 今日の自分は一体どうしたのだろうか。神や仏など信じていなかった俺が、この年になり、すがりたい思いをしている。そして、二葉が遍路旅に興味を向けていることを思い起こした。経験させるのはいいだろうが、女性一人というのは避けたい。友人の志乃が付き合ってくれるとは言っていた。それでも心配だ。そこで、俺は、ユーリーに同行して貰おうと思いついた。元から2泊3日しか許可したくない。彼なら寺が好きだから、良い気晴らしになると思った。ドイツの友人への土産話にもなるだろう。

 そして、いっそのこと、二葉のことを嫁にもらってもらいたいと思った。それなら二葉はエミリアと義理の親子になる。彼女達を見ると、まるで生き別れの親子か姉妹のように感じる。しかし、二葉は女性の方が好きなのだろう。そして、ユーリーは男性が恋愛対象だ。

「親父はそれを言いたかったのか。うまくいかないと唸っていたのは、それか……。いや、違うのか……」

 あの2人が仲良く食事をしている光景を見て、時々、父が何か夢でも見ているかのような顔になったことがある。そして、唸っていた。フェリックス氏が義理の父親になるのを想像してのことだったのか。それを思い出して笑いがこみ上げてきた。

「お兄ちゃん……」
「ああ、帰ったのか。おかえり……」

 するとその時だ。俺の前に二葉が立った。男の子にしか見えない。いや、女性にも見えないことはない。俺とよく似ているから、どちらかと言うと、男のような顔立ちをしているせいだろう。女子校時代はモテていたらしい。バスケットボールが得意だったから、華やかな歓声が起きていたのだろう。そこで、ひとつ、嫌みを言いたくなった。

「お前、クリスマスは誰と過ごすのかと聞かれたそうだな?」
「うん。先輩達と同期の子からだよ。大学でも聞かれたよ」
「誰にするんだ?そろそろ決めておけ」
「付き合う相手のこと?」
「その通りだ。志乃さんにはフラれたんだったな。女性を連れて来ても、俺達は驚かないぞ」
「分かっているよーー。好きな人はまだ居ないんだ。だって、志乃のことが一番好きだもん。俺にお見合い話が来ているの?」
「いいや、来ていない。俺はお前には、ユーリーが良いと思っている」
「それはないだろーー。男だろーー。俺は……」
「分かった。それが聞けて良かった。彼のことが嫌いではないんだろう?」
「もちろん好きだよ。でも、兄とか、友達とか思っているよ」
「そうだな。俺が悪かった……」

 そう言って、俺は二葉と歩き出した。そして、黙ってしまったから、背中をポンポンと叩かれてしまった。俺の物思いを察してのことだろう。

 空は晴れている。それなのに、自分は何をしているのだろう、それが怖いと思っていた日を思い出して、今の自分は違うのだと感じた。そして、父の家のリビングの窓に夏樹の姿があるのを見て、ホッとした。
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