青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 俺は静かに一貴さんの隣の椅子に座った。喪服姿を見るといつもの一貴さんなのに、どこかあどけない印象がある。家の中で緊張感が高まったときに出てくる9歳の子には、俺は接したことがある。特に問題は無い。大人しくて良い子だ。ただし、島川社長と一緒に悪戯を起こす。それは人間関係を引っかき回すという笑えないアイデアというものを出すことによってだ。

 今日はよっぽど緊張しているのだろう。最初から俺達の隣に座っていれば良かったのに、お寺に到着した直後から島川社長の顔になり、すたすたと歩いて行き、ずらっと並んだ椅子の定位置に座った。俺も隣に座ろうかと思ったが、1人になりたいようだったから、そうしておいた。そしたら、行儀の良い9歳の子が登場したわけだ。

 原因は蓮子さんなのだろう。事前に電話で話したのだろうか。彼にとってはもう怖い存在では無く、どちらかというと、蓮子さんの方が息子の支えを必要としている。そんな年齢だ。今年で74歳になる。高齢と言えば高齢だし、もっと年上の人からすればまだ若いという年齢だ。しかし、そろそろ足下がおぼつかなくなり、転びやすかったり、階段や玄関で転倒し、骨折するなどのトラブルが出てくる年齢だと思う。

 蓮子さんは一人暮らしだから、いつかは息子が入院手続きをするなどの関わりが出てくるはずだ。お姉さんが一人居ることは聞いている。高齢の両親も元気だそうだ。一貴さんのことを誇りに思うと、母方のおじいさん達は言ってくれているそうだ。しかし、一貴さんは母方の祖父母とは交流を持とうとしない。

 いつか自分は一人で死んでいくし、一人になる。だから、今から一人でいる練習をしているのだと、黒崎家で暮らし始めた当時の一貴さんはそう言っていた。島川社長の顔の時だ。9歳の子の顔もあった。俺と黒崎は、そんなことを言うなよと叱った。すると、今はいつもの顔になっているそそっかしい大人の一貴さんの顔に代わり、安定している。今日だっていつもの一貴さんでいればいいのに、どうしたのだろうか。

「カズ兄さん。俺、こっちに来たよ。恒明叔父さんがね、祭壇の供物が多すぎるとか、花が少なすぎるとか、どこからか、花が小さいとか言うヒソヒソ声も聞こえていたんだよ。嫌だよねえ……。花のことには晴海お兄ちゃんがずっと詳しいのに。祭壇だって、お坊さんと話し合って、いつもの通りにしたんだ」
「うん。去年と同じだよ。ミカンとバナナは去年は無かったと思う」
「そうだよね。匡和叔父さんが持ってきてくれたミカンと、淳次叔父さんが持ってきてくれたバナナなんだ。たくさんあるね。賑やかで良いと思うんだけどなあ……」
「僕、あのミカンが食べたいな」
「そうだね。俺も同じだよ。バナナも美味しそうだったよ。これが終わった後、一つずつ貰って帰ろうよ」
「うん。1月下旬のみかんは晩生みかんっていうんだよ。社会科の授業で習ったんだ。でも、僕が先生から教えて貰った品種のミカンがスーパーに置いてないんだ」
「だって、君が9歳の時だもん。品種の名前が変わったんじゃ無いかな?」
「そうだね。僕、いきなり大人になるからびっくりすることがあるんだ。いつもは大人の一貴君と一緒に居るんだけど、僕は話さずにしておいて、静かに聞いている係をしているんだ。でも、スーパーに行くと、僕が知らない名前の品物があるから面白くて、つい、出てきてしまうんだ。夏樹君とスーパーに行ったとき、僕が出てきたの、知っていたかな?」
「うん。もちろん気がついたよ。あの時、バナナを見ていたね。良いバナナだって言っていたから、大人の一貴君かと思ったんだよ」
「そうだよね!」

 9歳の少年の顔の一貴さんが、ニコッと笑った。こんな子が悪いことを考えるなんて思えないが、現実だ。今日はお母さんに何を言う気なんだろう。喧嘩はやめた方がいい。一昨年も去年も島川社長の顔のままでいて、親戚と喧嘩している蓮子さんのことを止めていたというのに。
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