青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 お坊さんが拓海さんの名前が書かれた紙を祭壇に供えた後、御霊を安らがせるためのお経が唱えられ始めた。初めて効くお経だ。ノウマクサンマンダ。そんなことを唱えている。これは真言だ。どうして護摩たきの前でなどで唱えられるお経が使われたのだろう。

 俺は目を丸くしていると、黒崎が俺の隣に移動してきた。何かを知っている顔だ。そして、一貴さんも驚いた顔をして、こそこそと黒崎に事情を聞き始めた。

「夏樹。一貴。あの経は、晴海兄さんが頼んだ物だ。不動明王真言だ。そうだ。護摩たきで使われる。うちの家に何かが起こる前兆だと、兄さんが言って聞かない。拓海兄さんが祓われているわけじゃないぞ。中山のお義母さんの前に現われた拓海兄さんが何かを知らせようとしているのは間違いない」
「法事に来てくれという以外にも何かあるはずだということなのか……」
「去年の秋から色々とあった。そういうことだ」
「そうだね……」

 思い起こせば2ヶ月半前に、二葉への嫌がらせという名の事件が起き始めた。そして、その前からアイドルグループへの脅迫メールを送っていた犯人だということも分かった。逮捕された同級生達は迷惑を掛けた各社に手紙を送り、親からも謝罪の手紙が送られた。そこで示談という流れかと思った。全国ニュースで取り扱われて実名報道をされたことで、社会的に制裁を受けたということも考慮されるかと思った。しかし、不起訴とならずに、これから公判に入る。民事裁判もある。そちらの方は本人の手紙で語られた気持ちを重視して、謝罪を受け入れるということになりそうだから、賠償金の額は無いかも知れない。

 問題なのは、実刑が下りそうだということだ。動画配信サイトでも悪質なコメントを繰り返していたことで配信者側から開示請求がされて、今月に入って彼女達がまた逮捕された。やったということを認めた。まだ無いのかと取り調べが行われているそうだ。執行猶予付きの判決が下りたとしても、余罪があれば、収監されるだろう。それだけ数多くの迷惑を掛けてしまった人達だ。

 彼女達が刑を受けた後、社会に戻ってきたとしても、元の生活に戻るのはいつになるか分からないだろう。医者の友達は恐らく医師免許剥奪される。栄養士として病院に勤務していた子は退職した。

 夫の親がやっている建設会社で経理として籍を置いていた倉林ななせさんは離婚されるかと思えば、まだそういう話が出ていないそうだ。離婚後、刑を受けて、これからどうやって生きていくのかというのがななせさんの夫の言葉であり、夫の両親も同じ意見なのだという。夫として妻の今後のことをサポートし、更生させますと弁護士を通じて被害者達に伝えられたそうだ。つまりは、ママの事務所と二葉にもそういう話が来ると思うのだが、向こうの弁護士がそうしなかった。今回の事件は二葉が自分の新生活のことで自慢をしたから、焦燥感から犯行が行われたのだという主張だ。

 二葉は自慢なんかしていない。黒崎とママの指示に従っただけだ。例えばこういうことだ。大きな波がやってきて、自分はあらがいたいのに体力が無くて岸に着けずに、流されてしまったということだ。そして、見えざる力に引き寄せられるようにして運命が決まったのだと思う。

 二葉は最初から“黒崎二葉”だった。本人も黒崎も彼女の出生名を“倉口二葉”だと思っていたが、それは母子手帳の表紙にママが書いた名前であり、出生証明書には“黒崎二葉”と書かれて、証明されていた。もちろん、戸籍にだって、生まれたときはお義父さんの戸籍に入っていた。そこから移動していき、また戻ってきた。だから、これは運命なのだと思う。

 黒崎がどうして同級生達には色々と事情を話すなと二葉に指示したかというと、倉口さんのことを刺激したくなったからだ。追いかけてこられるのを防ぐためだった。ママを守るためでもある。暴力夫というのはどこまでも追いかけてくる物だというのが黒崎の持論だ。倉口さんに新しい奥さんができたら、もう追いかけてこない。それまでは暴れまくるだろうと、当時言っていた。

 だから、ママ名義の土地と家を離婚の条件に譲った。これで縁が切れたとは黒崎が思っておらず、子供の名前を出して、ガチャガチャ言ってくるだろうと予想していた。そして、その通りになった。
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