青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 倉林さん達には、二葉が都内に引っ越した理由を話してある。お父さんがお母さんに暴力を振るうから、お兄ちゃんのところに逃げるのだと。それで、落ち着くまでは詳しいことを教えられない。そう言ってあるし、ラインの繋がりはそのままになっていた。それなのに、新居に遊びに言ってもいいかと何度も聞いてくる彼女達のことを、黒崎としては“二葉のことを本当に心配している”とか、“元気づけようとしている”とは受け取れなかった。あくまでも興味本位という空気感が醸し出されているし、黒崎ホールディングスだったお兄ちゃんのことを知りたいという、家庭内暴力に悩んだ人に対する発言とは思えず、彼女達とは距離を取れと、二葉に命令した。

 そして、二葉が黒崎家に引っ越してきたことが分かり、私達には何も言ってくれないということで不満を募らせて、ママの事務所に嫌がらせをしたのだと自供していたのだという。そして、ななせさんの弁護士は、二葉が同級生達に有名企業の兄と父が居るのだと羨ましがらせていたに決まっているということで争ってくる姿勢だった。それを知ったとき、本当にそうするつもりなのかと、俺は耳を疑った。

 本当にそうされたなら、それこそ自分の方から距離を取れば良い。それを怨恨だと言って犯行の理由にするのはどうなのか。そういう疑問を持ったとき、ななせさんの弁護士が、本人は精神的に追い詰められていたのだと言い出したそうだ。そして、妻として夫の両親に気を遣い、犯行時は正常な判断ができなかったと言い出した。Tシャツ一枚買うのでさえも、姑の許可が要る環境だったとまで言い出した。

 さらに、子供時代のことでも同情してくれと言っていたが、二葉と朝陽の幼少期を知り、黙り込んだ。ギャンブラーだった倉口さんとママは定住する意識が無く、住む場所を転々として、子供達は常に誰かと別れるという環境を強いられていた。そして、ママが離婚時に持たされた財産を大きく無くし、一時期は毎晩、わざわざ少し遠くのドラッグストアで安く売っている1本68円のチョコクリーム入りのパンが夕食だったことがあると知り、何も言えなくなったという。

 それを沙耶さんが処理してくれている。二葉の幼少期のことを語られた小学校当時の成績表を使っている。そこには当時の身長と体重と視力が書かれている。栄養状態が満足では無かったからだろうと思うが、彼女の体重は平均よりも少なくて、身長は高かった。今もそうだが、ガリガリの体型だ。そして、その裏付けとして、朝陽の成績表も参考にされた。彼もガリガリの体型だった。

 ママは出産後からダイエットしようと食事制限をしていたそうだが、母乳はよく出たそうだ。そして、二葉の時も朝陽の時も、離乳時を迎えたときに離乳食を用意するのが面倒で、1歳すぎまで母乳のみを与え続けてしまった。そして、いきなり、大人と同じ固さの食事に移行されたということも分かった。

 さらに、4歳になるまでは、おやつを用意するのが面倒で、お腹を空かせる度に母乳を与えられていたことも分かった。その時はシッターさんを雇っていなくて、ママが授乳させていたそうだ。そして、母乳が途中で出なくなり、菓子パンを与えることにしたそうだ。俺はこれを、ガス光熱費や食費の節約だと思った。いけない発想だろうか。俺の母は、子供によって母乳を欲しがる子が居るから、人それぞれなのだと言っていた。それに、栄養が沢山あるはずだから、結果的に良いことだったのかも知れないわよとも言っていた。

 さらには、朝陽はきちんと受けていたことが分かったが、二葉の予防接種の記録をママが持っていないことが分かった。いくつかは受けさせてあるそうだ。それは、はしかの予防接種だとは覚えていると、ママが言っていた。他は覚えていないという。

 それらのことが明るみになり、黒崎が涙を流しそうになっていた。それを沙耶さんが諫めて、人それぞれだと言った。さらにこんなことまで分かった。小さい頃の朝陽と二葉は菓子パンを食べた後で歯を磨いていなかったから虫歯になり、それがひどくなってしまい、歯茎が腫れて歯科医院へ通い、治したそうだ。そこで、はみがき指導を受けて、永久歯になった後は虫歯予防が出来るようになった。しかし、幼少期の虫歯というのは大人になっても影響するようで、どんなに磨いたと思っても2人は虫歯が出来やすくて、よく歯医者に通っているという有様だ。

 俺は歯医者に行くのが怖い。だから、虫歯になりかけた歯をいくつも持っている2人のことを尊敬している。そして、小さい頃はどんなに歯が痛かったことだろうかと、俺も泣きそうになった。

 そういうこともあって、ななせさんの弁護士が二葉側と争わない方針に変えたのが昨日のことだった。ごめんなさいという手紙が届くのだろう。それを二葉が開封するときは、黒崎と朝陽が二葉に付き添うという。俺は黙って静かにしていることにした。こんなことで二葉と朝陽の幼少期の話を聞くことになるとは思ってもいなかった。

 すると、祭壇の前のお坊さんが普通のお経を唱え始めた。もうすぐで法事が終了だ。この後は隣の会館で食事をして、みんなそれぞれの家に帰ることになる。俺達は静かにお経を聞き続けた。
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