青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 さて、スルメのセットも終わったことだし、お義父さんの家に行こう。晩ご飯は向こうで食べさせて貰う。俺の家事の減少を狙ってのことだ。バンドが始まった後、仕事のあるときはそうしようということに、みんなで話し合って決めた。アンだって寂しくない。すっかり向こうの家に落ち着き、いつもお義父さんがそばに居ることに慣れている。

 カタン。玄関を出た。手には発泡スチロールがある。たまにキュッと音が鳴る。これを見たアンが何かあると思うだろう。さっとキッチンに持って行かなくてはならない。バレてはいけない。

「ねえ、ユーリー。今日のアンは良い子だったかな?」
「ああ。よく寝ていた。リビングのベッドが気に入ったらしい。山川布団のペット事業は成功のようだ」
「そうだよね。布団のメーカーがペット用の布団とベッドを発売したんだ。ダニ予防や防臭効果のある布団で、人気が出ているんだ。買ってくれて良かったよ。カズ兄さん、色んな人を知っているから……」

 そのベッドクッションを、一貴さんが買ってくれた。アンのリビング用と、ベッドルーム用の2個もだ。アンは早速寝そべっていて、気に入っていた。自分の物と分かるのがさすがだと思う。アン、君のだよと言うと、理解してくれた。

「今日、ユリウスも寝ていた。一貴さんが作った新作ハンモックが気持ちよさそうだった」
「新しいのもデニム生地で作ってあったね。アレクシスさんは元気かな?」
「ああ、兄さんは元気だ。一貴さんから貰った服を着ている。上品になった。タバコが吸いたいそうだ。でも、向こうでは禁煙生活をしていたから、今更吸うのもなといった感じだ」
「そうだよね。わざわざ吸わなくても良いよね。でも、あれって、ないと寂しいって言うんだよね。遠藤さんが昔吸っていて、禁煙に成功してタバコに近寄らなかったのに、アレクシスさんが吸っているのを見たら吸いたくなったんだって」
「そういうものらしい。僕は友達が吸っていたけど、興味が無かったんだ。ああ、夏樹。電話だ。違う。ラインの着信だ」
「そうだね。誰かな?あ、伊吹お兄ちゃんだ……」

 発泡スチロールをユーリーに渡してスマホを見ると、伊吹からのラインが入っていた。そして、文面を見た後、胸がドキッとした。祖父が俺に電話を掛けたいということで、電話番号を教えたと書いてあった。そして、祖父の番号も書かれていた。今日、してくるそうだ。それはもうすぐという時間だ。

「心の準備が出来ていないよ~」
「夏樹。リラックスしよう。向こうは病人だ。優しくしてくれ」
「なんだよ、ユーリー。放っておけば良いのにって言っていたくせに。直前になると優しいんだから……。俺の方からしようかなあ。まだ晩ご飯の時間じゃないだろうから、ちょうどいいよね」

 電話が掛かってきたら何を話そう。やっぱり俺の方からしようか。そんなことを考えていると、伊吹からのラインに書いてあった番号から電話が掛かってきた。祖父の番号だ。スマホを操作していたときだったから、思わず“切る”を押しそうになって、慌てて“取る”を押した。

「もしもし。俺だよ。夏樹だよ……」

 思い切って電話に出てみた。すると、昔よりも年を取ったという感じの祖父の声が聞こえてきた。もしもし、おじいちゃんだと言われた。俺は分かっているよと答えて、言葉に詰まった。何を話したら良いだろうか。だから、身体はどう?なんて言葉しか思い浮かばなかった。

「おじいちゃん。身体はどう?え、俺?俺はもう大丈夫だよ。今日も仕事だったんだ……」
「夏樹。そう思って、今日かけている。明日からはゆっくりするだろうから……。大学卒業おめでとう。バンドのデビューもおめでとう。昼のテレビを観た。お前、背が高いなあ。それに、とてもかっこいい。歌も上手だ。テレビで流れているのを聞いた」
「おじいちゃん……」

 祖父の弱々しさもある声を聞いた。まだ完全に回復していないのだろう。お義父さんとは全然違う声だ。声に張りがない。俺の身体のことを心配しているが、そっちこそどうなんだと聞きたかったが、あんなに気詰まりだった祖父への感情が飛んでしまい、心が熱くなった。

 祖父からの話は優しかった。俺のことを褒めてくれて、身体を気遣ってくれて、その上で、ずっと話したかったのだと言ってくれた。それを聞き、俺はずっとネガティブに考えていたことが恥ずかしくなった。

 なんだよ、おじいちゃん。年を取ったじゃん。そんな悪口のようなことが口から飛び出した頃には日が暮れてきて、黒崎家の家の灯りが付けられていた。そんな光景を見ながら、俺達は話した。時間にすると10分ぐらいだ。短い時間なのに長くも感じられて、俺が忙しいだろうからまた今度電話すると言って祖父が電話を切った。また今度というのは明日だと思った。俺はそうしたいと思った。

「ユーリー。俺、泣いているかな?」
「泣いてなんかいない。喜んでいる顔だ。良かったな」
「うん……」

 涙がこぼれ落ちそうになって、上を向いた。すると、大学に居たときのように目尻が風に当たって冷たくなった。しかし、誰かを失うという悲しさからではなくて、再会という喜びがあった。

 あんなに嫌っていた祖父なのに、今の気持ちは全然違う。なんだよ、おじいちゃん。なんでそんなに優しく話しかけてくるんだよ。俺、悪いことをしたみたいじゃないか。そんなことを思いながら、俺達は歩き出し、黒崎家の中に入っていった。
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