青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 上楽先生の住む職員住宅は、大学の隣の敷地に建っていた。団地のようになっている。向こうの棟が家族で住める宿舎で、こっちが一人暮らし用だと説明を受けながら、俺達は団地の間を歩いた。今ここに来ているのはお義父さんと俺と黒崎とユーリー、今村先生と三橋君だ。理事長には部屋に戻ってもらった。

 先生の顔色が良くなっている。病院を出たときにはまだ少し青白かった。一人の部屋に戻っても大丈夫だろうか。こういう時は心配だ。しかし、それは大丈夫だそうだ。同じ階に教員仲間がいて、何かあれば助けを呼べる仲だろうだ。それには俺達は頷いた。そういう人が居て良かった。

「先生。お風呂に入っているときは気を付けてね」
「うん。夏樹君は今日はシャワーだけにしないといけないね。ゆっくり休んでね」
「ありがとう。ここの4階なのか……」
「階段がないから、登るのは疲れるよ。ここでいいよ」

 先生がそう言った。マンションは4階建てで、最上階になる。たしかに階段がない。しかし、家の前まで送っていこうと思っている。今村先生もそのつもりだ。

「上楽先生。僕が行きます。黒崎さん達はどうぞ下で待っていて下さい」
「お義父さん、俺が行っているから、みんなで待っていてね」
 
 俺は今村先生と階段を上り始めた。先頭に上楽先生がいる。後ろ姿を見て、とても細い人だと思った。ウエストがつかめなそうだと思った。俺はすっかりため口になり、先生に声を掛けた。

「先生。細いウエストだねえ。いいなあ。すらっとしていて……」
「夏樹君はすらっとしているよ。足だって長い。……ふう」
「先生。腰を押すよ」

 先生が息を乱したから、腰を押した。今、3階だ。階段の上り下りが慣れていなかったら、4階まで一気に上るなんて無理だと思った。先生は登ろうとしている。俺が押したからだ。そこで、途中で休憩しようと提案した。

「先生。少し休もうよ。階段に座ろうよ」
「そうだね。ふう。今の時間は誰も居ないから……」

 先生が階段に座った。すると、下の方にトラックが停まる音がした。ここから下を覗くと、宅配便のトラックだと分かった。

「マルー運輸だ。誰か荷物を頼んだんだね」
「あ、僕だと思う。置き配で頼んでいたんだ」
「そっか。何を頼んだの?」
「柔軟剤のビッグサイズだよ。洗濯洗剤を買ったときに一緒に頼むのを忘れていたんだ」
「そうだねえ。店で買って4階まで上がるのは重いもんね」
「でも、宅配ドライバーさんが重い思いをするんだよ。悪いなって思っているよ。でも、つい、宅配に頼るんだ」
「その気持ちは分かるよ。一人暮らしなら、ビッグサイズを買ったらしばらく持つよね。あ、こっちに上がってくるね」

 トントントン。ドライバーさんが階段を上ってくる音がした。そこで、俺達は端っこに寄った。すると、やっぱりドライバーさんが上ってきて、俺達を見て立ち止まった。上楽先生のことを見ている。

「あ、上楽です。荷物、うちですよね?」
「はい。置き配です。玄関の前に置きます」
「お願いします」

 先生がニコッと笑うと、ドライバーさんが顔を赤くした。宅配のお馴染みさんだから、顔を見て分かったのだろう。そして、ドライバーさんまで先生に恋をしているのかと思った。今日はそういう人が多いから、今もそう思ってしまった。

 トントントン。ドライバーさんが一気に階段を上っていった。段ボールを持っているのにスイスイと上がっていくから、すごい体力があるなと思った。俺はステージの時だけなら発揮できるが、普段はそんなことはない。

「俺、鍛えないといけないのになあ」
「インタビューを観たことがあるよ。心臓が弱いんだって?」
「うん。先天性なんだ。でも、子供の頃に処置をしたから、今は元気な方なんだよ。高校生の時は200メートル走にだって出たんだ」
「そうなのか。コンサートではあんなに動き回ってステージに立っているから、すごいパワーだなって思ったんだ」
「ありがとう」

 俺がお礼を言うと、先生が笑った。なんだか儚さのあるイメージだ。俺の周りには今まで居なかった。ふと、聡太郎のイメージと重なった。華やかさがあるという共通点がある。しかし、彼の場合は儚さがなくて威圧感があるイメージだ。
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