青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 拓海さんの部屋は2階の端にある。黒崎の部屋の反対方向だ。お義父さんの部屋に近い場所にあるから、次期当主として何かと仕込まれていたのだろうと想像した。その反対に黒崎の部屋は遠いから、末っ子だったのだと分かる。晴海さんの部屋も2階だ。階段のそばにある。そして、瑛子さんが使っていた部屋の隣だ。ママが使っていた部屋も2階にあるが、黒崎の部屋から離れていた。隣同士だったらもっと会話が会っただろうにと思った。

 ガチャ。拓海さんの部屋に来た。そして、入った。風を入れるために窓が開かれており、外の木々の匂いがしてきた。広いベランダがあるから、ここで天体観測をしていたと知り、ここなら出来るだろうなと思った。黒崎の部屋にもあるが、彼は一人で出てはいけないと言われていたから、いつも窓の鍵を閉めていたそうだ。外の風を入れるときにはベランダの無い方の窓を開けていたそうだ。防犯のためだ。

 部屋の中はお義父さんの書斎によく似ている。大きな机があり、重厚な椅子が置かれている。本棚には何冊も本があり、どれもが拓海さんが集めた本だということだ。亡くなったときのままにしておきたいのがお義父さんの希望だったが、そうなると拓海さんが天国に行けないかも知れないと思い、部屋を整理することにして、49日の後にそうしたそうだ。しかし、黒崎が言うには、部屋の中は当時のままだという。まるで時が止まったかのような部屋だ。

「まるで今も生きてここに居るみたいになっているね」
「ああ、兄さんは生きている。そして、亡くなっている。ここに来れば会える。でも、いない」
「黒崎さん……」

 黒崎の本音が出てきた。俺が入ったのはこれで3回目だ。1回目も2回目も、黒崎は悲しそうにしていなかった。しかし、祭壇の前に立つとそうでは無くて、早めに家に帰ってきた。そして、今、この部屋にいる。泣きそうになるなら、早く出た方が良いだろうか。ユーリーがそう言いたそうにして、十字架をブラブラと窓辺の辺りに向けて軽く振り、貰っても良いかと聞き始めた。

「ユーリー。拓海さんが居るの?見えるの?」
「いいや、僕は何も言わないことにしている。圭一が泣くからだ。今、拓海君から許可を貰った気になった」
「そっか。黒崎さん、泣きそうだよ。もうすでに涙が……」

 黒崎が何も言わない。俺はツッコミを入れたというのに。姿が見られるなら見たいと言っていた。夢の中だけでも良いから会いたいと言っていた。そして、その願いは叶い、拓海さんが遠くに行くからお別れするという夢を見たばかりだ。どうして自分だけがそんな夢を見るのだろうかと、黒崎が悩んでいる。ここにいる俺達はなんだかとても悪いことをした気分になり、黒崎のことを外に出そうと決めた。

「ユーリー。出ようよ」
「ああ。そうしよう。圭一。リビングに移動しよう。僕はあのカフェラテが飲みたい。インスタで宣伝していたやつだ」
「そうそう。スパイスと5種類のキノコが入ったアテンドラテ。30包入り8400円の高級品。でも、黒崎さんが、カフェに30回行くより安いぞって言うから通販で買ったんだ。能の活性化に良いとされているスパイスが入っているから、疲れのある人にも良いって……」

 黒崎は何も言わない。ユーリーが十字架を振った窓辺を見つめたままだ。だから、俺は何かもっと興味が惹かれることは無いかと思い巡らせた。しかし、アテンドラテしか思いつかない。ユーリーも同じなようだ。

 するとその時だ。廊下から一貴さんの声がした。山崎さんの声もしている。一体どうしたのだろうか。一貴さんの悲鳴も聞こえてきた。

「どうした?」
「あ、黒崎さん」
「圭一。僕が出る」

 黒崎がハッとした顔をした後、ユーリーが先に部屋から出た。そして、俺も出た。黒崎は珍しいことに部屋に居るままだ。ユーリーのことを信頼しているのだと感じた。

 俺も部屋から出ると、ユーリーがユリウスを抱っこしていた。そして、ユリウスが何かに引っかかっていると言い、バタバタ動き回っている彼のことを抱き直した。よく見ると、それは洗濯ネットだった。ユリウスの爪がネットに引っかかっている。だから、驚いて暴れているのだろう。アンまで騒ぎを聞いて出てきた。

「アン、ユリウスの爪にネットが引っかかっているんだ。もう分かったから大丈夫なんだよ」
「ユリウス。大丈夫だ。取ってあげるから、じっとしておけ」

 ユーリーが丁寧にユリウスの右の前足の指を広げて、そっと洗濯ネットを取った。すると、やっと解放されたと分かったようで、ユリウスが一貴さんめがけて走り出して、肩に上った。安心できる場所ということだ。この中では一番危険かも知れないと思ったのは、俺の嫌みだ。そして、一貴さんがユーリーにお礼を言った。

「ユーリー。すまない。助かった」
「一体どうしたんだ?」
「この子が洗濯ネットをランドリールームから取ってきて、廊下で遊んでいたんだ。その時に爪に引っかかってしまって、自分で取ろうとして走り回ったんだ。僕はその時トイレに居て、山崎さんが見つけてくれた。それで、ここまで追いかけてきたんだ」
「そうだったのか。山崎さん。すみませんでした」
「いえ、私は良いんです」

 良かったと、それぞれがホッとした顔をした。ユリウスの爪が少し伸びているようだ。そこで、手伝うから爪を切ろうと話しかけたところで、ユリウスがバタバタと逃げようとした。爪切りが苦手だからだ。もうその言葉を覚えている。俺達は出てきた黒崎に事情を説明し、リビングに向かった。
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