青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 午前10時半。

 目的地に到着した。新居のマンションの駐車場だ。まだトラックは到着していなかった。俺達の方が早かったようだ。晴海さんは安全運転で来たんだぞと言った。この数年間違反無しのゴールド免許だと威張っていた。

 地下駐車場から地上に上がっていくと、コンクリートの匂いがした。まだ新しい匂いだ。ここはまだ建って半年しか経っていない物件であり、早くも退去者が出たというわけだ。

「ぶるぶる。オバケが出る部屋なの?」
「馬鹿なことを言うな。出ない。不動産業者が言うには、転勤があったそうだ。俺の部屋だけで無く、全体的にだ。それと、初めてのタワーマンションに不便さを感じて、早々に引っ越しをする住人もいるそうだ。俺は高層階を選ばない。雷が鳴った日には迫力がありすぎる」
「20階でも高い方だと思うけど……。ぶるぶる。黒崎さんと前に住んでいたマンションが高層階でさ~、雷が鳴ったときに怖かったんだ~」

 俺はあの日のことを忘れない。停電まで起きて、黒崎がいなくて、アンは元気に動き回って、大変だった。今は2階建ての家だから、雷の怖さはあの時に比べたらマシだ。晴海さんは雷が鳴ったときにはどうするのだろう。

「晴海お兄ちゃんって、雷が怖いって言っていたじゃん。そういう時はどうするの?マンションの部屋の中でさ」
「ゆっくりするときもあれば、忙しいときもある。普段通りに過ごしている」
「部屋の窓から丸見えだろ?怖くないの?」
「怖い。しかしだな、そう言っていられない。やることがたくさんある。お前もそうだろう。家事に仕事に、この間までは大学生だった。俺は花の展示会のデザインを考えることに忙しくて、毎日が用事で詰まっている」
「なるほど。忙しいもんね」

 それはそうか。晴海さんは忙しい。北岡さんの元でアシスタントをするようになって、行動範囲が広がった。各地方へ出張して展覧会を開いたり、テレビ局の花を担当したりしている。この前は元旦の日に、ホテルのロビーの花を担当していた。年末は正月番組に移行していく中で番組内を華やかにするために、花の担当者がかり出される。晴海さんもあちこち移動しまくった。

 そういえば、晴海さんが少し痩せた気がした。やっぱり忙しいからだと思った。この間は北岡さんの郷里に同行し、3日間の展覧会を開いていた。それは大がかりなものであり、弟子としての出展もあった。晴海さんの活けたフラワーアレンジメントが飛ぶように売れたと、北岡さんから聞いてある。お義父さんが聞いたからだ。晴海さんは絶対に口を開こうとしなかった。

 そういうわけで、華道家として、晴海さんは独り立ちをする時期が来た。プラセルのショーでも晴海さんを指名して花を担当してもらうことが増えてきた。地味なタイプだと本人は言っているが、晴海さんのデザインはとても華やかだ。パッと目を引く。ショーにはそれが必要だったそうで、あちこちから指名が入っているそうだ。

「晴海お兄ちゃん。もう独立するの?」
「まだだ。一生しないかも知れない。俺はアシスタントとして修行が必要だ。独立だなんて、誰から聞いたんだ?」
「お義父さんからだよ。北岡さんが、そろそろ独立だって言っていたって言うんだ」
「それこそ、まだだ。俺はフラワーショップも手伝っている。今の生活が良い」
「充実しているもんね。R&W社の役員時代のお兄ちゃんって、死んでいたもんねえ」
「ああ。あの世界では生きていけなかった。今なら分からないけどな。人と交流を持って頑張れたかも知れない。でも、花の世界を知ると、もう元には戻れない」
「地味なお兄さんに花。対極にあるよねえ。いたたた」
「このやろう」

 晴海さんからまた頰をつねられてしまった。こういう面が黒崎と似ていると思う。ということは、お義父さんの若い頃が同じタイプだったということでは無いだろうか。

 そんなことを考えているうちに、俺達は地上に出た。そして、スタイリッシュな内装の1階に出て驚いた。かっこよすぎると思ったからだ。前のマンションは煌びやかだったが、ここはここで良い感じだ。晴海さんはセンスが良いと思った。

 すると、引っ越しのトラックが到着した。そして、雨がザーーっと降り始めて、教授の天気予報の正確さに驚いた。すると、晴海さんに黒崎から電話が掛かってきた。もう着いているかという電話だ。ああ、無事に着いた。そんな報告をしている晴海さんにほっこりした。
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