青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 一貴さんが大人しくTシャツを着ている姿を見つめた。片袖が通っていない。いつものことだ。そこで優しく教えてあげると、困ったと言いながら、一度脱いだ。腕を出す方向の方針転換が出来なかったそうだ。

「ああーーー、しまった。教授の前で恥ずかしい。普段の僕が出てしまった……」
「教授。カズ兄さんはこういうタイプなんです。そそっかしくて、おっちょこちょいでして」
「そうなのか。何でも出来そうな人なのに……。失礼しました」

 教授がハッとした顔になった。幻滅しただろうかと一貴さんが聞くと、いいえと言って、もう一度、顔を赤くした。可愛いということか。いずれにしても、教授は一貴さんに好印象だと分かった。これはもう晴海さんの危機だ。

「うひゃひゃひゃひゃ」
「夏樹君。何を笑っているんだ?僕の腕を引っ張ってくれ……」
「はいはい。右腕を引っ張るよ。はいはい。次は左腕だよ」
「よし。着られた。このように僕は不器用でして……」

 もう教授のことは諦めたと言い、一貴さんがTシャツの裾を直した。かっこいい人でいたかったのにとという意味だと言った。それに対して教授は微笑んで、一貴さんの襟元を直してくれた。

「襟が折れています」
「ありがとうございます。僕のような男はどうですか?」
「好ましいと思います。僕も慌てるタイプだから、気持ちが分かります。見られている中で服を着るのは大変だ」
「そうでしたか!僕はデート相手の前では服を着れなくて、寝ている間に着ているタイプです。向こうが起きたら着替えが済んでいるということで、冷たい男だと誤解を受けてきました。このように、かっこ悪いところを見せたくないだけなのに……」
「なるほど……」

 教授が頷いた。その様子は真剣だった。俺は吹き出して笑いたい気分だ。その数々のデート相手が一貴さんのことを知れば、なんと思うかと想像したからだ。本当の姿を見せれば、今も続いている恋人がいたかも知れない。そういう一面を可愛いと言ってくれる人や、世話の焼ける人だと思ってくれる人が居たと思うからだ。しかし、一貴さんはひた隠しにしてきて、一人だ。藤沢にはおっちょこちょいな一面を見せまくっているから、問題ない。彼はそういう人を放っておけないタイプだ。

 教授がまた微笑んだ。楽しい人だと言いながら。一貴さんがTシャツを前後ろを反対に着たことが分かったからだ。俺も気がつかなかった。なんだか着心地が悪いと言い出したから気づいたことだ。どっちを前に来ても可愛いデザインだ。まさかレディース物だろうか。

「カズ兄さん。これって、レディースじゃないの?だって、可愛い系のデザインだもん」
「メンズ物だ。ちゃんと確認してある。でも、店頭にはレディースの方が好みのデザインが多かった。メンズでも置けば良いのにと思った。これが一番可愛かった」
「そうだったんだね。可愛いのが好きだもんね」
「そうなんですね。可愛い系がお好きでしたか」

 教授が微笑んだ。気難しい人だと思っていたのに、今日は笑顔が多い。一貴さんの前で笑いっぱなしということか。普段のインチキマジシャンのような格好を見て欲しかった。今日の服装は大人し過ぎる。マンションの住人に怪しまれないように考えてきたのだろう。

「南波君!待ってくれ!まだ話していたい」
「どうしたのかな?」

 俺達の近くでは、ユーリーが南波さんと話をしている。そして、待ってくれという言葉に俺達が反応した。喧嘩だろうか。しかし、ユーリーはニコニコしている。

「南波君。愛しているんだ」
「ヒョーーーーー……」
「ははは」

 教授が笑った。さっきまで自分のことを口説いていた男が舌の根も乾かぬうちに別の相手にかけている言葉に呆れたのだろう。そう思って教授の方を向くと、いいやと言って、首を横に振った。こういうタイプだと分かっていたそうだ。やたら愛想が良くて感じの良いタイプには要注意だと、昔から思っていたのだという。
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