青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 21時。

 そろそろ北添から電話が掛かってくる頃だろうと思い、読んでいたメールを閉じた。時刻は21時だ。そして、その時間ちょうどに、聞いてあった北添の携帯電話から着信が入った。向こうは緊張している可能性が高い。そう多くの回数は社内で話したことがない。特に俺が副社長室にこもるようになり、交流が極端に減った。

 今回の電話の予想を立てた。休みづらいという思いから祖父を使者にしたか、それとも俺に要求はあるのか。精神的な病というなら鬱症状なのだろうと予測を立てて、その状態では要求はないだろうと思えた。モヤモヤする思いを聞いてもらいたい。休んでいる間、自分の立場が心配だ。そういうことだろうと思った。

「もしもし。黒崎です」
「北添です。こんばんは」
「こんばんは。身体の調子はどうだ?鬱症状なのか?」
「はい。鬱状態だと診断を受けました。すみません。3ヶ月の療養が必要だと、医者から言われました。休ませて下さい」
「もちろんだ。月曜日に出てこられるか?別に嫌みを言っているわけでも他にも思いはないが、君の身体が心配だ。診断書は郵送でも構わないぞ。今進行中のプロジェクトはチームで共有してあるだろう?引き継ぎはしてもらいたい。電話でいい」
「良いんですか?ご挨拶に行かなくても……」
「いい。その代わり、辞めるだなんて言うなよ」
「あ……」
「やっぱりそういう思いがあるのか。ほんの一時のことかも知れないぞ。3ヶ月後には元気になっているかも知れない。かも知れないというのは、分からないからだ。また3ヶ月の療養が必要かも知れない。その時は休め。給料は支給する。一年間は療養できるだろう。家賃補助も給料が出ている間は支給する。ああ、実家だったか?」
「はい。実家に引っ越してきました。今日、引っ越しの日でした」
「遠いのか?」
「都内です。祖父が隣の家に住んでいます」
「そうか。心強い味方がいるじゃないか。おじいさんが電話をしなくても、俺はきついことは言わない。信頼してくれ。南波には伝えてある。連絡先は交換していないのか?」
「してあります。でも、言いづらくて……。南波君から電話をもらいました。ありがとうございました」
「仲の良い友達同士だろう。何を遠慮することがあるんだ。そうだ。君の入社面接の時で聞きたいことがある。風林伸也君という人を覚えていないか?」

 なぜか俺は北添に風林のことを聞いてみようと思った。南波に聞くつもりだったが、その時間が無かった。ほんの世間話だ。覚えていないならそれでいい。俺からすると、これで北添が黒崎製菓の人間だと思ってもらえれば良いと思った。そして、北添が、はいという返事をした。話したことがあるということだろう。大学は別のはずだ。印象に残っているのか。

「覚えています。どうしたんですか?」
「彼のことをヘッドハンティングをした。うちの入社試験を落とされて、今、別の企業にいる。印象に残っているのか?」
「はい。最終面接まで同じグループでしたから……。グループディスカッションでは別々になりましたが、その他は前後にいました。……ハキハキしていて、すごくデキる人っていう感じでした。まさか落とされるなんて思わなくて、別の企業を選んだんだと思いました……」
「もしかしたら、うちに入るかも知れない。新しい風を吹かす。君の悩みも少しはクリアになるかも知れない。人間関係で悩んでいるんだろう?山下のことだな?山下に先を越されたと思っているんだろう」
「はい……」
「それもほんの一時のことだ。いや、山下には頑張ってもらわないといけない。もちろん、君にもだ。俺は38歳だ。この年になってみて、人生は分からないものだと思っている。人には何かが起きる。そこから立ち上がれるといい。立ち上がるというのは、無理に仕事に出てこいという意味じゃないぞ。身体が悲鳴を上げたということだ。休んでいる間に自分の席がなくなるなんて思うな。君には戻ってきてもらわないといけないから、ちゃんとそのままにしておく。いいか?君はうちの会社に必要な人間だ」
「はい。う……」
「北添……」

 電話の向こうから嗚咽が聞こえてきた。相当悩んでいるのだと感じた。自分はこれで終わりで。お先真っ暗だ。そんな風に感じているのだろう。
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