青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 電話の向こうでは、またさらに車の音がした。今日は混み合っているのだろう。昼時らしく、人の往来も多そうだ。日頃はゆったりと車の後部座席に乗り、なにもかも用意された空間のシートに座っている父からすると、刺激的だろう。しかし、心配はしていない。ユーリーが一緒に居るからだ。何かと頼り出来る“兄貴”だと思っている。突拍子もないことをする兄貴だが、いざという時には大きな力を出す。それまでは手の掛かる弟といった感じだ。今日はどんな顔をしているのだろう。バーテルス家の遣いとして立派に責務を果たしているだろうか。

「親父。楽しいか?」
「ああ。楽しい。今日は販売店に行ってもユーリーには車を買わさない。私の車に乗ってもらう。しかし、二葉には選んでも良いかと思っている。初心者だから、小さめの車が良いだろうと思っている」
「そうか。色々と選んでやれ。まだ免許を取れるとは限らないが」
「私の子だ。きっと免許を取得できるだろう。母親も車が好きだ。どちらに似ても車好きだ」
「二葉は興味がなさそうだぞ。純白叔母さんに似たんじゃないのか?」
「たしかにそうだ。それは言えている」
「そうだろう。自動車学校をどこにするのか決めたのか?」
「キキルル自動車学校がいいと考えている」
「ん?キキルル?なんだそれは?」
「おもちゃの名前のようだが、伝統ある学校だ。アーティスト支援団体で知り合った大崎さんの息子さんが運営している。卒業生の免許取得後1年以内の事故がない。厳しいと評判で、やめる生徒もいるらしいが、安全を考えて、キキルルが良いと考えている」
「そうか。あいつは学校選びをしなくて楽だな。あんたが何もかも決めてしまう」
「我が家の大事な子だ。どこでも良いとは言えない。ああ、なんでも選ばせてもらう」

 父が笑い声を立てた。子供達の進路に関しては、父が何でも決めてきた。父からすると、選択は間違えていないと言っている。それは俺も感じている。どの兄弟に聞いても、学校が嫌だったという言葉を聞いたことがない。何もないとは言わないが、結構楽しく過ごせていたのだろう。俺もそうだった。烏丸家に預けられて地元の中学高校に通ったが、生涯の友人が得られた。そういう点からすると、父にはよりよい場所を選ぶ力に長けているのだと感じる。だから、自動車学校選びも任せておき、二葉には言いなりになっていおけと言いたいと思った。

「圭一。夏樹はどうしている。聡太郎君もどうだ」
「今、収録中だ。ガラス壁越しに姿が見られる。緊張しているようだ。聡太郎君もだ。珍しいことだ」
「手首の方はどうだろうか」
「痛みは無いそうだ。今日の弁当は水仙のものだ。チキン南蛮だ。夏樹が喜んでいた」
「そうか。私達もキチン南蛮にする。……ああ、ユーリー。順番が来たのか?」
「親父。電話を切ろうか?」
「今はまだいい。ユーリーがここにいる可愛い男の子に手を振っているところだ。全く。どこでもやっている。恥ずかしいことだ」
「あんた、止めてみろ」
「私は止めない。ん?よく見ると、南波君だった。R&W社に出かけていたところだそうだ。今日は研修があったんだろう。ああ、怒られている。ものすごいタイミングで会うものだな。……ユーリー、お前には嘘がつけない」
「そうだな……」

 父の言いように納得した。可愛い子に手を振っているところを見られるなど、一体、どういう力が働いてのタイミングだろうと思った。ユーリーは正直でありたいと言っている。そして、その通りに事が運ばれた。恋い慕っている南波に見られるなど、嘘がつけない。

「ああ、私達の順番が来た。食べてくる」
「ああ。分かった。俺は夜までここにいる。いつでも掛けてきてくれ」
「そうする。じゃあ」

 プツ。父との電話を終えた。そして、板東さん達のいる元の部屋に戻ると、長谷部さんから、順調に収録が進んでいるとの報告を受けた。ガラスマ壁越しに見える2人は台本を手にして、ヘッドフォンをセットしている。そして、マイク越しから聞こえるナレーションはたしかに2人の声であり、感情がこもっていた。俺はそれを聞き、上手いものだと感心した。そして、椅子に腰掛けて、臨場感を味わうことができて、なんて贅沢な空間だろうと感じたのだった。
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