青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 さて、俺は紅茶を取りに行くことにしよう。黒崎を部屋に残して階段を下りていった。すると、下りた場所の窓にあるステンドグラスに目がとまった。これは俺の誕生日の時にプレゼントされたもので、きちんと磨いて管理している。しかし、音楽の仕事が忙しくなった後、家事の代行サービス会社に掃除を依頼するようになり、しばらく自分で磨いていない。

「なんだか罪悪感があるなあ。ごめんね。明日は君のことを磨くよ……」

 ステンドグラスに向かって声を掛けた。そして、キッチンに入って冷蔵庫を開けた。すると、中にはよく冷えたペットボトル飲料が並んでいた。俺はその中から紅茶を取り出して、グラスに注ぎ入れた。

「ふんふんふん~。ららら~。紅茶のコマーシャルソング、ハマっているんだよねえ……」

 今入れている紅茶のコマーシャルには歌が流れている。俺はその楽曲が好きで、キッチンにいるときには自然とハミングしてしまう。

 ――アンリ。

「え?どこから?」

 すると、どこからか声がしてきて、アンリと名前を呼ばれた。まるで俺がアンリさんだと言われているかのような呼び方だった。この間、月島さんが教えてくれたのは、俺は過去世において、アンリさんの同僚だったという話だ。だから、アンリと呼ばれることには違和感がある。

「どうしてアンリって呼ばれたのかな?俺の名前、なんて言ったんだろう。それと、この声はどこから聞こえてくるのかな?……ヨーク、いるの?」

 ヨークの名前を呼んだ。彼はどこにいても名前を呼べば来てくれる。そして、返事が返ってきた。今、宇宙船でお風呂に入っているところだという。だから、声だけしかしない。

「お風呂なんだね。さっき、アンリって呼ばれたんだ。誰かな?」
「……君の同僚の悪戯だよ。君とアンリはとても仲が良くて、いつも一緒にいたんだ。君の過去世での名前はシュリだ」
「へえーーー。全然覚えていないよ。ヨークってさ、カズ兄さんが寝ている間に宇宙船に帰ることが多いよね。その間はウーリが番をしているじゃん。当番制にしているの?」
「……ああ。決めてはいないが、自然とそうなっている。……ん?圭一だ。僕達に嫉妬している。ああ、怖い、怖い」
「そんなことないだろ~。あ、帰った。じゃなかった、いないんだった……」
「……夏樹。ヨークと話していたのか」

 ヨークが言ったとおり、黒崎がキッチンに入ってきた。俺の話し声がするからだという。眉をひそめている。嫉妬しているということなのか。

「黒崎さん。嫉妬しているの?俺とヨークだよ。半分カズ兄さんみたいな人だよ」
「うるさい。独占させろ」
「仕方ないねえ。俺で良かったら持って行ってよ……」

 黒崎が眉をひそめたままで俺の背中から抱きしめてきた。俺は紅茶の入ったグラスを持って、それを飲んだ。すると、ストレートティーの爽やかな匂いが広がった。そして、黒崎にさっきヨークから聞いたことを話した。俺の名前がシュリという名前だったことをだ。

「信じる?あんた、滅多に人を信用しないけど、壁をすり抜けてくる人を見たら、信じざるを得ないだろ」
「ああ、俺は人を信用しないと決めてあった。しかし、それだけじゃいけないと分かった。お前の影響だ」
「黒崎さん……」
「もう一度言う。親父のことを嫌わないでやってくれ」
「もちろんだよ。大丈夫だよ」

 黒崎の腕の力が強くて、心を痛めているのが分かった。こういう時に俺が出来ることは、安心してもらうことだ。そのため、俺は彼の腕を掴んでさすった。俺はここにいると教えるためだ。

「あんたさ。俺がいなくなると思った?」
「ああ、思った。シュリという名だったと聞いた以上、お前に返る場所があることを実感した。行かないでくれ」
「あんたにも名前があったんだろ。ヨークに聞いてみようよ。それとさ。今から死ぬことを考えても仕方が無いなって思うんだ。でも、次の瞬間にお互いに死んでいるかも知れなくて、後悔がないように、伝えたいことを伝え合えたら良いなって思っているよ」
「……ばかやろう。死なんて訪れない」
「はいはい。分かったよ~」

 駄々をこねる黒崎にため息をついて、俺は彼の腕を抱き返した。その身体は温かくて、生きていることを実感した。今の俺にはそれで十分だと思った。
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