青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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25-7(黒崎視点)

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 12時半。

 空港から出て、タクシーに乗り込んだ。これから宿泊先のホテルに向かう。倉口家には予定通りの時刻に到着できるだろう。倉口の立ち会いを頼んである。朝陽にとっては4年ぶりの再会だ。まるで連れ去るようにして都内に連れて来て、高校の卒業式には2日前から高熱を出したため出られなかった。そのため、この土地に来るのさえ、許していなかった。

 中高時代の同級生とは都内で会わせてある。進学のためにこちたらにきた子達だ。良い子達ばかりだった。しかし、朝陽は非行に走ったかのように態度が悪くなり、随分と俺に反抗的になっていた。それをたたき直すつもりで一貴に預けて、良い結果になった。元の朝陽に戻ったからだ。いや、元の顔など知らないとは言えるのか。そんな短さの関係だ。しかし、俺は兄貴だ。朝陽の進路を決めることには躊躇はしない。これが朝陽が反抗した理由だと分かっているが、やめるつもりはない。

 俺の隣では、夏樹が朝陽と外を見て話し込んでいる。その間に俺は出来る用事をすることにした。母への連絡だ。無事にこちらに着いたこと、倉口家には予定通りに到着できそうだということ、倉口と谷本への伝言はないかということを聞きたい。谷本と復縁するのなら止めはしない。母の自由だ。

 俺はスマホを操作して、ため息をついた。そして、着信履歴にある中から、烏丸真琴の連絡先をタップした。数秒間の呼び出し音の後で電話が繋がり、母の声が聞こえてきた。落ち着いた声をしている。優しい声なのはいつものことだ。声だけは優しいと思うのは嫌みだろうか。

 俺が一貴のように年配の女性に対して苦手意識を抱かないでいるのは奇跡的だと言える。どこでも、誰に対しても普通で居られる。おそらく、沙耶がそばに居たからだと思う。怜が俺達の間を取り持ってくれた。怜は元気にしているだろうか。そんなことを思いながら、俺は第一声を出した。

「俺だ。空港に到着した。これからホテルにチェックインして、倉口家に向かう」
「そうなの。無事に着いて良かったわ。飛行機は揺れなかった?」
「乱気流に遭ったから揺れた。しかし、実際は積乱雲に突っ込んだのかも知れない。元パイロットが近くに居て、そう言っていた」
「知り合いなの?」
「朝陽が話しかけられた。そこで、元パイロットなんだと言われたそうだ。機長達がお喋りして積乱雲に気がつかなかったんだろうということだ」
「その雲、危ないのよ。ママ、知っているんだけど、墜落の原因になるそうよ」
「そうか。俺達は危なかったのか……」
「ママ、心配していたの。今日は風が強いっていう予報だったから……」
「そうか……」

 ママ、知っているんだけど。ママ、心配していたの。母が自分のことを“ママ”と言い表すようになったのはいつからだったか。たしか、去年までは“私”と言っていたはずだ。俺の子供の頃を思い出す。母が出て行く前の日に、ママとお出かけしない?と話しかけられた。その時はいつになく優しい声だった。そして、泣きそうな声をしていたと思う。今の母はそうでもない。朝陽からの信頼が跡形もなくなってしまう瞬間を迎えるのはもうすぐかも知れない中、落ち着いている方だと思う。

 自分のことをママと呼ぶ母が俺に何か特別に頼みたいことがあるかというと、そうではないと思っている。親として何か出来ることは無いのかという気持ちなのでは無いかと思っている。ママという言葉を聞く度にそう感じる。

 今日のことは俺が強引に決めた。母にさせたのはわずかな用事のみだ。谷本に連絡を取って、これからは息子の圭一が連絡先になることと、親子鑑定の日程のことで圭一が連絡をするということを伝えさせた。さすがに向こうは驚いていたようだ。息子の1人が出てくるとは思わなかったのだろう。谷本には昔、俺のことを話してあったそうだ。元夫の元で暮らしている息子が1人居ることを。俺が連絡をしたとき、その息子が怒りに震えていると思っていたそうだ。しかし、実際には俺には怒りなど無かった。家庭持ちの女性との不倫への呆れた思いはあった。そして、罪悪感もあった。母が親子鑑定をせずに養育費を受け取っていたからだ。

 母の事では頭の痛いことがある。金銭管理だ。昔はギャンブルで散財したそうだが、金回りは良く、使えば使うほどに入ってくるタイプだ。そういう人を稀に見かける。経営している真琴企画はやっと上昇気流に入り、収入を得ている。そこで、蓄財を勧めているのだが、母は設備投資に使ってしまう。それは今の状況からすると大金だった。そこは経営者の勘なのだというが、危ない橋は渡らせられない。

 そこへ、大木副社長が入社し、母の散財は無くなった。本当に運のいい人だと思う。今回もそうなるだろうか。母からすれば、朝陽は倉口の子供の方がいいだろう。不貞行為をしたことは明るみに出たが、せめて、朝陽の気持ちを壊さずに済ませたいだろう。
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