青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 さて、俺達はこれから倉口に会い、酒の匂いを嗅がなければならない。朝陽は倉口と話す時間は無くても良いと言っていた。母への暴力を前にして、父親への不信感が募ったのだろう。そこで、荷物整理と宅急便での発送の時間のみを取ってある。朝陽は2時間で仕上げると言っていた。倉口家には30分も居れば良いのだと。

 しかし、そうは言っても、あれやこれやと持って行きたい物が出てくるだろうと思った。倉口から話しかけられたら無視するのもいけない。親子鑑定のあるホテルで別れて最後になるかもしれない。俺はそれでいいと思っているが、一言二言ぐらいは話しても良いだろう。

「倉口に会ったときに伝言をするぞ。何かないのか?」
「ないわ。ママ、訴えられる前に話し合いをしたいんだけど、まだいいわ。親子鑑定の結果が分かってからで……」
「そうだな。話はそれからだと言いたいが、不貞行為のことだけでも先に話した方がいいとは思うぞ。ごめんなさいと言っておくか?」
「お願いできる?」
「ああ。構わない。どうせ人の夫からあんたのことを奪った男だ。自分もまた奪われる。そういう法則があるようだぞ」
「ママが悪いのよ……」
「俺は気が晴れたぞ。人の物を奪った代償だ。だから、谷本さんにも大して腹は立っていない。あんたにもだ」
「ごめんなさい」
「その言葉は受け取っておく。朝陽にも伝える。倉口にも伝えておく。親子鑑定は17時からだ。もしも、谷本さんから電話が入っても、出るな」
「分かっているわ」
「向こうがしつこくかけてきても出るな。俺に言え。隠すなよ」
「ええ……」
「何も心配することは無い。俺がいる。ああ……」

 その言葉を口にして、次の言葉を飲んだ。どうして母に味方をするようなことを口にしたのか。どう見ても悪いのは母だろう。倉口との不倫の後で父の元を去り、数年後にまた不倫をした。それも、随分と年下の大学生とだ。大学生には未来があった。母と出会わなかったら人から咎められることはなかった。母には責任感が無いのだと感じた。そんなに谷本がいいのなら、倉口と別れれば良かった。ほんの火遊びのつもりだったのか。俺はそんな女と話しながら、力になろうとしている。朝陽のために動いていたが、まさか、ほとんど母のためだったのか。俺は母に愛情を感じているのか。

 俺が無言になったことで、母が俺の名前を何度も呼んだ。頭の中は痺れている。隣に居る夏樹と朝陽は楽しそうにスマホを見て、何かを話している。その話し声が遠く感じた。そして、やっと我に返る事が出来た。

「圭一、圭一、どうしたの……」
「ああ、すまない。景色に見とれていた。今回は海を見に行く時間が無さそうだ。老舗の菓子店で何か買ってきてやろうか。ああ……」

 俺はまた言葉を飲んだ。どうして母の事を気遣う言葉ばかり出てくるのか。自分の気持ちが分からない。俺は腹を立てても良いはずだ。しかし、そうしたところで何も現状は変わらず、淡々と事を進めていくしか無い。夕方には親子鑑定で谷本に会う。その時に必要なのは倉口との喧嘩をやめさせることと、サンプルの採取だ。後は挨拶ぐらいでいい。そう思っている俺が緊張しているのだろうか。

「あんた、何か買ってきてやる。真琴企画に送ってもいい」
「送って頂戴。ここまで来てもらうのは大変だから……」
「そうさせてもらう。カロリーの低い物がいいんだったら、ゼリーがいいだろう。あったはずだ。それから、谷本さんへの伝言はあるのか?話したいことは話してあっただろうが、念のために聞いておきたい」
「ごめんなさいと伝えておいてもらえる?」
「分かった。両方に謝るのか。謝ってばかりだな。あんた、他にもやっていないだろうな?」
「ないわよ……」
「そうか……。また連絡する」
「ええ……」

 電話を終えた。そして、夏樹達が俺の話を聞かないようにしてくれているのだと感じた。そこで、母の様子は落ち着いていたとだけ伝えて、手元の紙袋に入れてある検査キットを見つめた。一貴の時に見てあるから安心感がある。信頼できる検査機関だと知り合いから聞いてある。

 今日は揉めないように、冷静に事を行うべしと思い、窓の景色を見た。そこには何度も見た景色が広がっており、数年前には思いもしなかった未来があったのだと感じた。
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