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25-28(黒崎視点)
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午前10時半。
これから朝陽を連れて倉口に会いに行くところだ。タクシーに乗っている。車中はよく冷えていた。外は真夏の陽射しが容赦なく照りつけ、ガラス越しの光が白く反射している。遠くで蝉が鳴き、街路樹の緑が、熱を孕んで揺れていた。
俺は腕を組み、ゆるやかにシートに背を預けた。隣の朝陽は、少し俯いて、落ち着かない様子で窓の外を見ている。指先が膝の上で小さく動くたびに、緊張が伝わってきた。
「叔母さんの家というのは、この川沿いか?」
「うん。つき当たりに、“牛熊”っていう表札があると思う」
静かな声だった。俺は頷き、目線を前方へ移した。倉口は叔母の家で暮らしている。今日会いに行って、倉口は朝陽に何を言うだろうか。俺は近くで待つとはいえ、何か起きやしないかと心配はしている。
そして、昨夜、夏樹から聞いた、朝陽と六槍の電話の内容が頭をよぎった。夏樹には秘密を作らせていないから、朝陽が嫌がっても俺に報告が入る。夏樹はさすがに話したくなかったかもしれない。朝陽のことを考えてだ。
六槍は悪い男ではない。いくら伊吹の悪い評判を彼の取引先に広めたとは言え、プラセルの社長が嫉妬しているという証であり、評判が落ちたわけではない。六槍はそれを計算していた。頭のいい男だ。
28歳という若さながら、彼の落ち着きぶりは評判が良く、一貴の支えとなっている。今まで何人も秘書が辞めたというのに、六槍だけは残り続けた。一貴の人格が分かれていようが、驚きもしていなかったという。穏やかな一面も持っている。しかし、昨日の電話では、少々は朝陽に焦れた様子だ。しかし、朝陽のことを想っていることは確かであり、あとは朝陽の返事次第だろう。
「……昨日、夏樹から話を聞いた」
「え……」
「六槍君のことだ。お前のことも、少し心配していた」
朝陽は一瞬、顔を赤らめた。その横顔を見て、俺は窓の外に視線を戻しながら、穏やかに言葉を続けた。
「俺は六槍君を悪く思ってはいない。むしろ、あれほど落ち着いた青年はそう多くはいない。仕事も正確だし、頭の回転も早い。プラセルの中でも信頼されていると聞いている」
「……うん」
「ただ少し、強すぎるところがある」
「え?」
朝陽がこちらを見た。俺は軽く息を吐き、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「六槍君は、人を導くタイプだ。人を“育てる”というより、“導いていく”男だ。お前のように繊細な子には、少し息苦しく感じるかもしれない」
「……お兄ちゃん、それって反対ってこと?」
「違う。俺は恋愛を否定しない。むしろ、お前が誰かを好きになるのは喜ばしいことだ。だが、相手に呑まれるな」
「うん」
朝陽が唇を噛んだ。タクシーの中で、エアコンの風が小さく唸る音がした。その音の中で、俺はやや口調を和らげた。
「六槍君が少々強引なのは、お前のことを守ろうとするあまり、手を離さないだけのことだ」
「……六槍君、そんなふうに見える?」
「見える。お前のことを本気で大切にしている。だからこそ、俺は反対はしない」
朝陽が目を見開いた。それは、驚きと、どこか救われたような表情だった。
「お兄ちゃん……、反対しないんだ」
「する理由がない。お前が自分の意志で選んだのなら、それを尊重する。……ただし、泣かされるような恋はするな」
「うん……」
「六槍君を選ぶなら、きちんと向き合え」
「分かった」
「分かったと言いながら、顔が全然そう見えない」
「そんなことないよ!」
思わず反論する朝陽の声が、少し震えていた。俺はその様子に口元を緩めた。
「いいか。人を好きになるのは悪いことじゃない。ただし、自分を見失うような真似はするな。お前はお前のままでいい」
「うん……」
「返事はゆっくりでいい。待たされていなくなるなら本物じゃない」
「うん……」
朝陽が静かに頷いた。その横顔を見ていると、どこか安心した。こうしている今も、六槍は焦れた思いをしているのかもしれない。自分がこの場にいられないのは恋人ではないからだ。恋人だったなら、ここにいられただろう。そう思っているに違いないと思うと、同情心がわいてきた。俺だったなら我慢できなかっただろうと。
しかし、朝陽が希望しなかったから仕方がない。今回の話は恥ずかしいのだそうだ。誰が父親なのかわからなくてというのは、知られたくないとさえ思ったそうだ。朝陽は一緒に来たがっているだろう六槍には後で報告すると言って、忙しい日程になるが、一緒に旅行に来る気分で誘えと言った俺の言葉に首を横に振っていた。
六槍には俺の方からフォローを入れておいたが、また話が必要そうだ。心配かけてすまないということ、朝陽の気持ち、親子鑑定の結果が出た時には一緒にいてやってくれということ。それらのことを考えて、それをいつにするかを考えた。そこで、倉口に会った後にしようと決めた。
これから朝陽を連れて倉口に会いに行くところだ。タクシーに乗っている。車中はよく冷えていた。外は真夏の陽射しが容赦なく照りつけ、ガラス越しの光が白く反射している。遠くで蝉が鳴き、街路樹の緑が、熱を孕んで揺れていた。
俺は腕を組み、ゆるやかにシートに背を預けた。隣の朝陽は、少し俯いて、落ち着かない様子で窓の外を見ている。指先が膝の上で小さく動くたびに、緊張が伝わってきた。
「叔母さんの家というのは、この川沿いか?」
「うん。つき当たりに、“牛熊”っていう表札があると思う」
静かな声だった。俺は頷き、目線を前方へ移した。倉口は叔母の家で暮らしている。今日会いに行って、倉口は朝陽に何を言うだろうか。俺は近くで待つとはいえ、何か起きやしないかと心配はしている。
そして、昨夜、夏樹から聞いた、朝陽と六槍の電話の内容が頭をよぎった。夏樹には秘密を作らせていないから、朝陽が嫌がっても俺に報告が入る。夏樹はさすがに話したくなかったかもしれない。朝陽のことを考えてだ。
六槍は悪い男ではない。いくら伊吹の悪い評判を彼の取引先に広めたとは言え、プラセルの社長が嫉妬しているという証であり、評判が落ちたわけではない。六槍はそれを計算していた。頭のいい男だ。
28歳という若さながら、彼の落ち着きぶりは評判が良く、一貴の支えとなっている。今まで何人も秘書が辞めたというのに、六槍だけは残り続けた。一貴の人格が分かれていようが、驚きもしていなかったという。穏やかな一面も持っている。しかし、昨日の電話では、少々は朝陽に焦れた様子だ。しかし、朝陽のことを想っていることは確かであり、あとは朝陽の返事次第だろう。
「……昨日、夏樹から話を聞いた」
「え……」
「六槍君のことだ。お前のことも、少し心配していた」
朝陽は一瞬、顔を赤らめた。その横顔を見て、俺は窓の外に視線を戻しながら、穏やかに言葉を続けた。
「俺は六槍君を悪く思ってはいない。むしろ、あれほど落ち着いた青年はそう多くはいない。仕事も正確だし、頭の回転も早い。プラセルの中でも信頼されていると聞いている」
「……うん」
「ただ少し、強すぎるところがある」
「え?」
朝陽がこちらを見た。俺は軽く息を吐き、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「六槍君は、人を導くタイプだ。人を“育てる”というより、“導いていく”男だ。お前のように繊細な子には、少し息苦しく感じるかもしれない」
「……お兄ちゃん、それって反対ってこと?」
「違う。俺は恋愛を否定しない。むしろ、お前が誰かを好きになるのは喜ばしいことだ。だが、相手に呑まれるな」
「うん」
朝陽が唇を噛んだ。タクシーの中で、エアコンの風が小さく唸る音がした。その音の中で、俺はやや口調を和らげた。
「六槍君が少々強引なのは、お前のことを守ろうとするあまり、手を離さないだけのことだ」
「……六槍君、そんなふうに見える?」
「見える。お前のことを本気で大切にしている。だからこそ、俺は反対はしない」
朝陽が目を見開いた。それは、驚きと、どこか救われたような表情だった。
「お兄ちゃん……、反対しないんだ」
「する理由がない。お前が自分の意志で選んだのなら、それを尊重する。……ただし、泣かされるような恋はするな」
「うん……」
「六槍君を選ぶなら、きちんと向き合え」
「分かった」
「分かったと言いながら、顔が全然そう見えない」
「そんなことないよ!」
思わず反論する朝陽の声が、少し震えていた。俺はその様子に口元を緩めた。
「いいか。人を好きになるのは悪いことじゃない。ただし、自分を見失うような真似はするな。お前はお前のままでいい」
「うん……」
「返事はゆっくりでいい。待たされていなくなるなら本物じゃない」
「うん……」
朝陽が静かに頷いた。その横顔を見ていると、どこか安心した。こうしている今も、六槍は焦れた思いをしているのかもしれない。自分がこの場にいられないのは恋人ではないからだ。恋人だったなら、ここにいられただろう。そう思っているに違いないと思うと、同情心がわいてきた。俺だったなら我慢できなかっただろうと。
しかし、朝陽が希望しなかったから仕方がない。今回の話は恥ずかしいのだそうだ。誰が父親なのかわからなくてというのは、知られたくないとさえ思ったそうだ。朝陽は一緒に来たがっているだろう六槍には後で報告すると言って、忙しい日程になるが、一緒に旅行に来る気分で誘えと言った俺の言葉に首を横に振っていた。
六槍には俺の方からフォローを入れておいたが、また話が必要そうだ。心配かけてすまないということ、朝陽の気持ち、親子鑑定の結果が出た時には一緒にいてやってくれということ。それらのことを考えて、それをいつにするかを考えた。そこで、倉口に会った後にしようと決めた。
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