青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
923 / 938

25-27

しおりを挟む
 タクシーが夏の日差しを浴びて、白く輝いていた。外は光に満ちていて、暑さを想像させた。俺はエントランスに立ち、タクシーがいなくなった後も立ち続けた。身体がじんじんと痺れている。

「……行ったね」

 聡太郎が隣でつぶやいた。そして、俺たちはロビーに戻った。真夏の陽射しが、ホテルの大きなガラスに反射して、ロビーの床に光の模様を描いている。蝉の声が、アスファルトの照り返しに混ざって響いていた。

 黒崎がついているから大丈夫。そう頭では分かっているのに、心はどうしても落ち着かない。倉口さんのことは、話に聞くだけでも複雑な人だと思っていた。今日は朝陽に何を言うのか、それが傷になるのか、救いになるのか、誰にも分からない。

「夏樹、行こうか」

 伊吹の声で我に返った。そうだ。俺たちは俺たちの予定がある。田中先生が待っている。先生に会うのは久しぶりだ。いつもコンサートの控え室まで会いに来てくれていたから、たまにはこっちから会いに行かないといけないと思っていた。伊吹と聡太郎にとっても、きっと懐かしい再会になるはずだ。

 もう一度ロビーを出ると、熱気が一気に肌にまとわりついた。まるで温い水の中を歩いているような空気だ。額にうっすら汗が滲み、Tシャツの背中がすぐに湿りそうになった。すると、伊吹が腕時計を見ながら言った。

「この時間だと、先生が言ってたカフェは混み始めているかもな」
「そうだね。でも、予約してくれてるって言ってたよ」
「さすが先生。気が利くねーー。伊吹とは違うわけだよ」

 聡太郎が笑った。その笑顔が少し和ませてくれた。そして、俺たちもエントランスの車寄せに停まっているタクシーに乗り込んだ。窓の外では、強い陽射しに照らされた街路樹が揺れている。その光景を見つめている間に、伊吹が運転手に行き先を告げた。そして、車が発進した。

「夏樹。田中先生に渡すものはこれでいいのか?」
「うん。この間の心霊番組のナレーションの舞台裏動画集。これだけでいいってさ」

 俺は伊吹に先生へのお土産を見せた。伊吹は何か買ってくれば良かったと言っている。しかし、先生の方はお菓子よりも顔が見たいと言ってくれたから、伊吹達を連れていくのがお土産になると思った。そして、信号待ちの間に、バッグの中のスマホを見た。黒崎からのメッセージはまだ来ていない。

(朝陽、落ち着いているかな……)

 そう思いながら、窓の外を眺めた。ガラス越しに流れる夏の景色はどこか遠く見えて、現実感が薄い。しかし、その遠さの中に朝陽がいると思うと、どうしても胸がざわつく。そんなことを考えていると、伊吹が俺の方を見た。

「お前、心ここにあらずって顔しているぞ」
「そんなことないよ」
「嘘つけ。分かりやすいからなーー。お前は。昔から」
「そう?」

 俺が小さく笑うと、聡太郎も笑った。

「でも、そういうところが夏樹君のいいところでもあるんだよね。人のことを放っておけない子だよね」
「……それ、褒められてるのか分からないけど」
「褒めているよ」

 聡太郎が柔らかく笑った。すると、タクシーは市街地を抜け、静かな通りへと入っていった。ビルの合間に広がる青空が眩しい。蝉の声が一瞬遠のいたかと思うと、次の瞬間、また別の木から激しく鳴き声が響いてくる。夏はまだ終わる気配を見せない。そこで、窓の外を見つめながら、俺はふと口を開いた。

「……朝陽、ちゃんと話せるかな」
「黒崎さんがいるなら大丈夫だろう。それに、あの子は思ってるより強いぞ。お前が思ってる以上にな」

 すると、タクシーがカフェの前で止まった。木の看板と緑のテントが目印の、そこそこ大きな店だ。ガラスの向こうには、涼しげな観葉植物と、奥の席に座る年配の男性の姿が見えた。田中先生だ。

「行こう」

 伊吹が先に降り、聡太郎が続いた。俺も深呼吸をして外に出た。すると、焼けるような陽射しが一瞬、肌を刺した。その光の強さの中で、黒崎達が乗って行ったタクシーの影が頭によぎった。

「夏樹?」
「あ、うん。行こう」

 俺は微笑んで、カフェのドアを押した。すると、涼しい空気とコーヒーの香りが迎えてくれた。店の奥では田中先生が手を振ってくれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~

野々乃ぞみ
BL
渡辺 真詞(わたなべ まこと)は小さい頃から人ではないモノが見えた。 残念ながら話もできたし、触ることもできた。 様々なモノに話しかけられ、危ない目にもあってきた。 そんなとき、桜の下で巡(めぐる)に出会った。 厳しいけど優しい巡は特別な存在になった。 きっと初恋だったのに、ある日忽然と巡は消えた。 それから五年。 地元から離れた高校に入った十六歳の誕生日。 真詞の運命が大きく動き出す。 人とは違う力を持つ真詞が能力に翻弄されつつも、やっと再会した巡と恋をするけど別れることになる話。(前半) 別れを受け入れる暇もなくトレーニングが始まり、事件に巻き込まれて岬に好かれる話。(後半) ・前半 巡(人外)×真詞 ・後半 岬(人間)×真詞 ※ 全くの別人ではありませんが、前半と後半で攻めが変わったと感じるかもしれません。 ※ キスを二回程度しかしないです。 ※ ホラーではないつもりですが、途中に少し驚かすようなシーンがあります。ホラーのホの字もダメだという方は自己判断でお願いします。 ※ 完結しました。遅くなって申し訳ありません。ありがとうございました。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

処理中です...