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25-36(夏樹視点)
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14時半。
これで何回目の洗濯になるだろうかと思いながら洗濯機の機の蓋を閉めると、軽い音が室内に響いた。さっき蓋を開けた洗剤のすっきりした匂いがふわりと立ちのぼり、空気の中に柔らかく溶けていくようだった。そして、回りはじめた洗濯機の音を聞きながら、足元にいるアンの毛をなでた。俺が考え込んでいるときはいつもそばにいる子だ。いつもなら俺が洗濯を始めても、寝ていて起き上がらないのに。アンドリューもそばにいて、廊下で座っている。
「ふう。コーヒーをこぼしたんだよねえ。考え事をしていたからかな……」
さっき、エプロンにアイスコーヒーをグラスに半分ぐらいの量をこぼしてしまった。だから、急いで洗濯機に放り込んだわけだ。このように、俺の心は落ち着かない。
黒崎は今、何を思っているだろうか。会議と打ち合わせの合間を縫って、昼前に短く電話をしてきた。その声が、まだ耳の奥に残っている。やはり、という結果だったなと。あの時の声は、いつものように低くて落ち着いていたものの、その奥には、抑えきれない感情がほんの少しだけにじんでいた。彼はそういう人だ。どんなに心を揺らしても、表には出さない。静かにすべてを呑み込んで、前を向く。
リビングに戻ると、窓の外では、まだ夏の名残が残る陽射しが眩しく差し込んでいた。カーテンが風に揺れ、その隙間から射し込む光が、床の上に淡く揺れた。アンがソファーの上に上がり、アンドリューも同じようにして寝ころび、目を閉じた。普段通りの午後だ。
「朝陽、今ごろどうしてるかな?もうお店を出たかな?」
二人で行った店はどこだろうか。家の一番近くにあるのはマリーズカフェだ。俺と同じく、朝陽のお気に入りの店だ。いつも行っている店なら落ち着くだろう。それに、きっと六槍さんが、優しく隣で支えてくれている。だからこそ、黒崎も安心して朝陽を任せたのだろう。
スマホを見ると、朝陽からのラインのメッセージが表示されていた。ーーカフェに着いたよ。アイスコーヒー飲んでる。六槍君が奢ってくれたと、そう書いてあった。そして、添えられた写真には、窓際の席に置かれたグラスが写っていた。透明な氷が光を反射して、涼しげに揺れている。その奥には、六槍さんの腕時計が写り込んでいた。そこで、俺は思わず笑ってしまった。朝陽の笑顔が、ようやく戻ってきたようで、少しホッとした。
「よかったなあ……。六槍さんって冷静だし、優しいし、頼りになるって感じだな」
六槍さんは不思議な人だ。以前、彼が言っていた通り、彼の前に立つと嘘がつけなくなる。黒崎でさえも本音で話してしまう。去年11月のコンサートの控室に訪ねてきた六槍さんが冗談で黒崎のことをナンパした。いつもの黒崎なら冗談を冗談で返すところだが、君に気持ちはないと言ってしまったそうだ。いくら一貴さんの秘書とはいえ、そうやって本音を出すことは命取りにつながるのが通常なのに、黒崎は口にしてしまった。
僕の体質なんですよと、六槍さんはそう言っていた。そこで、俺も嘘がつけず、全部本音で話してしまうことがわかり、不思議だなと思ったし驚いた。そして、一番困ったのは朝陽かもしれない。六槍さんから告白されたときに、断ろうと思ったのに、ナシじゃないと言ってしまったそうだ。それはまさに頭で考えていた答えであり、口が勝手に動いたという感じだったそうだ。そこで、六槍さんは、ナシじゃないなら付き合ってと言い、朝陽のそばにいるわけだ。
俺たちの身近な存在にはママと月島さんがいる。だから、六槍さんのことも、いてもおかしくないタイプの人だと思っている。なにより一貴さんのそばにいる人だから、不思議な人であってもおかしくない。一番大事なのは、誠実かどうかだと思う。どれだけ相手のことを思えるか、優しくいられるかどうかが大事だと思う。
朝陽に今一番必要なのは優しさだ。もう母親がいないといけない年齢ではないと本人も言っていた通りだが、朝陽には信頼できる”お母さん”がいない状態だ。包み込んでくれるお母さんなんていない。彼の友達のお母さんのように、叱ってくれて、ご飯を作ってくれて、悩みを聞いてくれるお母さんが理想だと言っていたが、ママはそういうタイプではなく、ないものねだりになってしまう。だから、諦めるしかない。こんなことを考えてしまう俺は薄情だと思う。朝陽はママ以外の他の人に愛情を求めるといいと思っている。例えば、黒崎に愛情を求めるはどうだろうか。黒崎なら喜んで愛情を向ける。今でもそうだ。六槍さんだっている。
まだこれから山はある。朝陽が谷本さんの息子だとわかった以上、これから用事ができるだろう。もちろん、倉口さんとの話し合いもあるだろう。それは悲しい話に違いない。笑顔ではないはずだ。そう思うと、胸の奥がぎゅっとつかまれたみたいに痛くなった。そして、はあっと息を吐き、ソファーに座って、体を預けた。
これで何回目の洗濯になるだろうかと思いながら洗濯機の機の蓋を閉めると、軽い音が室内に響いた。さっき蓋を開けた洗剤のすっきりした匂いがふわりと立ちのぼり、空気の中に柔らかく溶けていくようだった。そして、回りはじめた洗濯機の音を聞きながら、足元にいるアンの毛をなでた。俺が考え込んでいるときはいつもそばにいる子だ。いつもなら俺が洗濯を始めても、寝ていて起き上がらないのに。アンドリューもそばにいて、廊下で座っている。
「ふう。コーヒーをこぼしたんだよねえ。考え事をしていたからかな……」
さっき、エプロンにアイスコーヒーをグラスに半分ぐらいの量をこぼしてしまった。だから、急いで洗濯機に放り込んだわけだ。このように、俺の心は落ち着かない。
黒崎は今、何を思っているだろうか。会議と打ち合わせの合間を縫って、昼前に短く電話をしてきた。その声が、まだ耳の奥に残っている。やはり、という結果だったなと。あの時の声は、いつものように低くて落ち着いていたものの、その奥には、抑えきれない感情がほんの少しだけにじんでいた。彼はそういう人だ。どんなに心を揺らしても、表には出さない。静かにすべてを呑み込んで、前を向く。
リビングに戻ると、窓の外では、まだ夏の名残が残る陽射しが眩しく差し込んでいた。カーテンが風に揺れ、その隙間から射し込む光が、床の上に淡く揺れた。アンがソファーの上に上がり、アンドリューも同じようにして寝ころび、目を閉じた。普段通りの午後だ。
「朝陽、今ごろどうしてるかな?もうお店を出たかな?」
二人で行った店はどこだろうか。家の一番近くにあるのはマリーズカフェだ。俺と同じく、朝陽のお気に入りの店だ。いつも行っている店なら落ち着くだろう。それに、きっと六槍さんが、優しく隣で支えてくれている。だからこそ、黒崎も安心して朝陽を任せたのだろう。
スマホを見ると、朝陽からのラインのメッセージが表示されていた。ーーカフェに着いたよ。アイスコーヒー飲んでる。六槍君が奢ってくれたと、そう書いてあった。そして、添えられた写真には、窓際の席に置かれたグラスが写っていた。透明な氷が光を反射して、涼しげに揺れている。その奥には、六槍さんの腕時計が写り込んでいた。そこで、俺は思わず笑ってしまった。朝陽の笑顔が、ようやく戻ってきたようで、少しホッとした。
「よかったなあ……。六槍さんって冷静だし、優しいし、頼りになるって感じだな」
六槍さんは不思議な人だ。以前、彼が言っていた通り、彼の前に立つと嘘がつけなくなる。黒崎でさえも本音で話してしまう。去年11月のコンサートの控室に訪ねてきた六槍さんが冗談で黒崎のことをナンパした。いつもの黒崎なら冗談を冗談で返すところだが、君に気持ちはないと言ってしまったそうだ。いくら一貴さんの秘書とはいえ、そうやって本音を出すことは命取りにつながるのが通常なのに、黒崎は口にしてしまった。
僕の体質なんですよと、六槍さんはそう言っていた。そこで、俺も嘘がつけず、全部本音で話してしまうことがわかり、不思議だなと思ったし驚いた。そして、一番困ったのは朝陽かもしれない。六槍さんから告白されたときに、断ろうと思ったのに、ナシじゃないと言ってしまったそうだ。それはまさに頭で考えていた答えであり、口が勝手に動いたという感じだったそうだ。そこで、六槍さんは、ナシじゃないなら付き合ってと言い、朝陽のそばにいるわけだ。
俺たちの身近な存在にはママと月島さんがいる。だから、六槍さんのことも、いてもおかしくないタイプの人だと思っている。なにより一貴さんのそばにいる人だから、不思議な人であってもおかしくない。一番大事なのは、誠実かどうかだと思う。どれだけ相手のことを思えるか、優しくいられるかどうかが大事だと思う。
朝陽に今一番必要なのは優しさだ。もう母親がいないといけない年齢ではないと本人も言っていた通りだが、朝陽には信頼できる”お母さん”がいない状態だ。包み込んでくれるお母さんなんていない。彼の友達のお母さんのように、叱ってくれて、ご飯を作ってくれて、悩みを聞いてくれるお母さんが理想だと言っていたが、ママはそういうタイプではなく、ないものねだりになってしまう。だから、諦めるしかない。こんなことを考えてしまう俺は薄情だと思う。朝陽はママ以外の他の人に愛情を求めるといいと思っている。例えば、黒崎に愛情を求めるはどうだろうか。黒崎なら喜んで愛情を向ける。今でもそうだ。六槍さんだっている。
まだこれから山はある。朝陽が谷本さんの息子だとわかった以上、これから用事ができるだろう。もちろん、倉口さんとの話し合いもあるだろう。それは悲しい話に違いない。笑顔ではないはずだ。そう思うと、胸の奥がぎゅっとつかまれたみたいに痛くなった。そして、はあっと息を吐き、ソファーに座って、体を預けた。
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