青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
937 / 938

25-41

しおりを挟む
 ところで、アンのしっぽがまだ止まらない。朝陽が笑ってしゃがむと、アンが嬉しそうに彼の手を舐めた。六槍さんはその光景を見ながら、やわらかい笑みを浮かべていた。穏やかで、優しい。彼が持つ空気は静かだった。すると、朝陽が立ち上がって、紙袋の中のトートバッグを見せてくれた。

「これだよ。六槍君も一緒に選んだんだよ」
「ありがとう。……これ、いいね。布の質がしっかりしてるよ。秋にぴったりだなあ。センスがいいね~」
「六槍君が勧めてくれたんだよ」

 朝陽が照れくさそうに言うと、六槍さんは小さく笑って首を振った。

「僕は横で見ていただけだよ。選んだのは朝陽君なんだ。あの店、光の入り方がよくて、商品がきれいに見えるんだ。その中から朝陽君は一番いいものを選んだ。いい目をしてると思ったよ」

 その誉め言葉が自然で、日ごろから朝陽はこうして褒められているのだと察した。褒め上手な人がそばにいたら自信がでるだろう。愛されているという証にもなる。だから、朝陽がなんだか素直なのかと思った。六槍さんから告白されて以来、一緒にいる時間が増えて、彼は確実に変化したと思う。

 そこで、俺はトートバッグを持ち上げた。生成りの布地に、細い革の持ち手がついている。落ち着いた色合いが、秋の日差しにしっとりと馴染む。そして、俺が肩にかけると、六槍さんが”似合うね”と言って微笑んだ。押しつけがましさなんて一つもない。ただ、素直に喜んでいる。その穏やかな目元を見ていると、心の奥が少しだけ温かくなった。

「お兄ちゃんにも似合うと思ったけど、こういうのは使わないよね」
「そうだと思う。黒崎さんは革派だもん。仕事でも遊びでもきっちりしてる感じでさ~」
「そうだよね?。でも、六槍君は、こういうのも似合うと思うよ」
「僕が? ……うーん、似合うかな?」

 六槍さんが首をかしげて笑った。その笑顔には、どこか少年のような柔らかさがあった。彼が持つ穏やかさは、朝陽にとってちょうどいい距離感なのだと思った。しかし、あの夜の電話の声は支配的であり、焦れた感じがあった。しかし、今日の彼はそんな感じがない。やっぱり離れていたから、心配があったのだろう。今は朝陽は自分のそばにいる。その安心感があるのだろう。

 すると、キッチンカウンターの向こうからユーリーが顔を出した。さっきまでアンドリューにおやつを食べさせてくれていた。ニコニコしていて、周りの空気が明るくなった。

「ふたりとも、相変わらず仲がいいね。カフェデートの帰り?」
「えっ、ちがうよ!マリーズカフェの限定シフォンケーキを買いに行っただけだよ!」
「そうか。じゃあ僕も食べていいか?」
「もちろん!」

 朝陽が笑顔で答え、六槍さんも小さく頷いた。俺はそのやり取りを見ながら、みんなにアイスティーを勧めた。氷の音が、残暑の午後の空気に涼しく響いているようだった。朝陽が気持ちよさそうだと言った。

「ほんと、まだ暑いな。残暑っていうより、真夏の続きって感じ」
「でも、風が少し秋になってきた気がするね」

 六槍さんがそう言って、窓の外に目を向けた。外では、雲の端がほんのり金色に染まりはじめていた。秋の空という感じだと言いながら。

「僕、こういう時間が好きなんだ。仕事の合間に、少し静かな時間があると、気持ちが落ち着く」
「うん。カフェでもそうだったよね。コーヒー一杯で、すごく落ち着いてた」
「君が笑っていたからだよ」

 六槍さんがさらりと言って、アイスティーを口にした。その声に重さはない。ただ、自然で、優しい。すると、ユーリーがフォークを手に笑った。

「六槍君、相変わらず穏やかだな。隣にいると空気がやわらかくなる」
「それは朝陽君の効果かもしれません」
「そういうところ、人気があるだろう」
「いや、僕は不器用ですよ。好きなことに夢中になると、周りが見えなくなるので」

 六槍さんは笑って言い、照れたように首の後ろを掻いた。その姿が、本当に“青年”らしかった。大人の余裕というより、真面目で、真っ直ぐで、どこか初々しい。朝陽がそんな彼を見て、少し照れたように視線を落としたのが印象的だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

猫と虎のおかしな攻防

ミミナガ
BL
 ドが付くほどの田舎出身の飯塚雅(いいづかみやび)は小学6年生の時にオメガだと診断された。ベータしかいない町でも特に差別されるような環境ではなかったが、バース専門の病院が地元にないので家族で引っ越すことになる。  新しい環境で新しい友達と中学時代を過ごし、高校に入学すると金髪ピアスのいかにも治安の悪そうな2つ上の先輩、宮永虎次(みやながとらじ)にちょっかいを出されるようになる。最初はビクビクしていた雅だが、先輩と遊んだり餌付けされたりと次第に警戒は解かれていく。威嚇しながらも懐き始めるオメガと、じわじわと餌付けと外堀を埋めていくアルファの攻防の行方は? 「ラブラブハッピーな未来のために頑張るぞ!」のスピンオフですが、そちらを読んでいなくてもわかるように書きます。  不幸なオメガは出てきません。  更新は不定期です。

お腹いっぱい、召し上がれ

砂ねずみ
BL
 料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。    そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。  さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

処理中です...