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ところで、アンのしっぽがまだ止まらない。朝陽が笑ってしゃがむと、アンが嬉しそうに彼の手を舐めた。六槍さんはその光景を見ながら、やわらかい笑みを浮かべていた。穏やかで、優しい。彼が持つ空気は静かだった。すると、朝陽が立ち上がって、紙袋の中のトートバッグを見せてくれた。
「これだよ。六槍君も一緒に選んだんだよ」
「ありがとう。……これ、いいね。布の質がしっかりしてるよ。秋にぴったりだなあ。センスがいいね~」
「六槍君が勧めてくれたんだよ」
朝陽が照れくさそうに言うと、六槍さんは小さく笑って首を振った。
「僕は横で見ていただけだよ。選んだのは朝陽君なんだ。あの店、光の入り方がよくて、商品がきれいに見えるんだ。その中から朝陽君は一番いいものを選んだ。いい目をしてると思ったよ」
その誉め言葉が自然で、日ごろから朝陽はこうして褒められているのだと察した。褒め上手な人がそばにいたら自信がでるだろう。愛されているという証にもなる。だから、朝陽がなんだか素直なのかと思った。六槍さんから告白されて以来、一緒にいる時間が増えて、彼は確実に変化したと思う。
そこで、俺はトートバッグを持ち上げた。生成りの布地に、細い革の持ち手がついている。落ち着いた色合いが、秋の日差しにしっとりと馴染む。そして、俺が肩にかけると、六槍さんが”似合うね”と言って微笑んだ。押しつけがましさなんて一つもない。ただ、素直に喜んでいる。その穏やかな目元を見ていると、心の奥が少しだけ温かくなった。
「お兄ちゃんにも似合うと思ったけど、こういうのは使わないよね」
「そうだと思う。黒崎さんは革派だもん。仕事でも遊びでもきっちりしてる感じでさ~」
「そうだよね?。でも、六槍君は、こういうのも似合うと思うよ」
「僕が? ……うーん、似合うかな?」
六槍さんが首をかしげて笑った。その笑顔には、どこか少年のような柔らかさがあった。彼が持つ穏やかさは、朝陽にとってちょうどいい距離感なのだと思った。しかし、あの夜の電話の声は支配的であり、焦れた感じがあった。しかし、今日の彼はそんな感じがない。やっぱり離れていたから、心配があったのだろう。今は朝陽は自分のそばにいる。その安心感があるのだろう。
すると、キッチンカウンターの向こうからユーリーが顔を出した。さっきまでアンドリューにおやつを食べさせてくれていた。ニコニコしていて、周りの空気が明るくなった。
「ふたりとも、相変わらず仲がいいね。カフェデートの帰り?」
「えっ、ちがうよ!マリーズカフェの限定シフォンケーキを買いに行っただけだよ!」
「そうか。じゃあ僕も食べていいか?」
「もちろん!」
朝陽が笑顔で答え、六槍さんも小さく頷いた。俺はそのやり取りを見ながら、みんなにアイスティーを勧めた。氷の音が、残暑の午後の空気に涼しく響いているようだった。朝陽が気持ちよさそうだと言った。
「ほんと、まだ暑いな。残暑っていうより、真夏の続きって感じ」
「でも、風が少し秋になってきた気がするね」
六槍さんがそう言って、窓の外に目を向けた。外では、雲の端がほんのり金色に染まりはじめていた。秋の空という感じだと言いながら。
「僕、こういう時間が好きなんだ。仕事の合間に、少し静かな時間があると、気持ちが落ち着く」
「うん。カフェでもそうだったよね。コーヒー一杯で、すごく落ち着いてた」
「君が笑っていたからだよ」
六槍さんがさらりと言って、アイスティーを口にした。その声に重さはない。ただ、自然で、優しい。すると、ユーリーがフォークを手に笑った。
「六槍君、相変わらず穏やかだな。隣にいると空気がやわらかくなる」
「それは朝陽君の効果かもしれません」
「そういうところ、人気があるだろう」
「いや、僕は不器用ですよ。好きなことに夢中になると、周りが見えなくなるので」
六槍さんは笑って言い、照れたように首の後ろを掻いた。その姿が、本当に“青年”らしかった。大人の余裕というより、真面目で、真っ直ぐで、どこか初々しい。朝陽がそんな彼を見て、少し照れたように視線を落としたのが印象的だった。
「これだよ。六槍君も一緒に選んだんだよ」
「ありがとう。……これ、いいね。布の質がしっかりしてるよ。秋にぴったりだなあ。センスがいいね~」
「六槍君が勧めてくれたんだよ」
朝陽が照れくさそうに言うと、六槍さんは小さく笑って首を振った。
「僕は横で見ていただけだよ。選んだのは朝陽君なんだ。あの店、光の入り方がよくて、商品がきれいに見えるんだ。その中から朝陽君は一番いいものを選んだ。いい目をしてると思ったよ」
その誉め言葉が自然で、日ごろから朝陽はこうして褒められているのだと察した。褒め上手な人がそばにいたら自信がでるだろう。愛されているという証にもなる。だから、朝陽がなんだか素直なのかと思った。六槍さんから告白されて以来、一緒にいる時間が増えて、彼は確実に変化したと思う。
そこで、俺はトートバッグを持ち上げた。生成りの布地に、細い革の持ち手がついている。落ち着いた色合いが、秋の日差しにしっとりと馴染む。そして、俺が肩にかけると、六槍さんが”似合うね”と言って微笑んだ。押しつけがましさなんて一つもない。ただ、素直に喜んでいる。その穏やかな目元を見ていると、心の奥が少しだけ温かくなった。
「お兄ちゃんにも似合うと思ったけど、こういうのは使わないよね」
「そうだと思う。黒崎さんは革派だもん。仕事でも遊びでもきっちりしてる感じでさ~」
「そうだよね?。でも、六槍君は、こういうのも似合うと思うよ」
「僕が? ……うーん、似合うかな?」
六槍さんが首をかしげて笑った。その笑顔には、どこか少年のような柔らかさがあった。彼が持つ穏やかさは、朝陽にとってちょうどいい距離感なのだと思った。しかし、あの夜の電話の声は支配的であり、焦れた感じがあった。しかし、今日の彼はそんな感じがない。やっぱり離れていたから、心配があったのだろう。今は朝陽は自分のそばにいる。その安心感があるのだろう。
すると、キッチンカウンターの向こうからユーリーが顔を出した。さっきまでアンドリューにおやつを食べさせてくれていた。ニコニコしていて、周りの空気が明るくなった。
「ふたりとも、相変わらず仲がいいね。カフェデートの帰り?」
「えっ、ちがうよ!マリーズカフェの限定シフォンケーキを買いに行っただけだよ!」
「そうか。じゃあ僕も食べていいか?」
「もちろん!」
朝陽が笑顔で答え、六槍さんも小さく頷いた。俺はそのやり取りを見ながら、みんなにアイスティーを勧めた。氷の音が、残暑の午後の空気に涼しく響いているようだった。朝陽が気持ちよさそうだと言った。
「ほんと、まだ暑いな。残暑っていうより、真夏の続きって感じ」
「でも、風が少し秋になってきた気がするね」
六槍さんがそう言って、窓の外に目を向けた。外では、雲の端がほんのり金色に染まりはじめていた。秋の空という感じだと言いながら。
「僕、こういう時間が好きなんだ。仕事の合間に、少し静かな時間があると、気持ちが落ち着く」
「うん。カフェでもそうだったよね。コーヒー一杯で、すごく落ち着いてた」
「君が笑っていたからだよ」
六槍さんがさらりと言って、アイスティーを口にした。その声に重さはない。ただ、自然で、優しい。すると、ユーリーがフォークを手に笑った。
「六槍君、相変わらず穏やかだな。隣にいると空気がやわらかくなる」
「それは朝陽君の効果かもしれません」
「そういうところ、人気があるだろう」
「いや、僕は不器用ですよ。好きなことに夢中になると、周りが見えなくなるので」
六槍さんは笑って言い、照れたように首の後ろを掻いた。その姿が、本当に“青年”らしかった。大人の余裕というより、真面目で、真っ直ぐで、どこか初々しい。朝陽がそんな彼を見て、少し照れたように視線を落としたのが印象的だった。
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