聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 ガーーーー。

 エレベーターで7階まで上がると、遊歩道へ続くフロアへ出た。さらに進んだ先には、ネットで調べておいた光景が広がっていた。

 歩道のすぐそばには車道がある。走り抜けていく車の音に驚いた。俺たちのそばを、ビュンビュン走っている。ヨロたら触れそうだと思ったのは大袈裟か?ここが囲われた空間だから、余計にそう感じるのだろう。

「けっこう近いんだねー」
「悠人君、こっちを歩け。外が観えるぞ」
「おおー、鉄網ごしでも東京タワーが観えてるよ。休憩スポットで写真を撮ろうね」
「ああ。流線形ボディーの船も撮りたいだろう。タイミングが合うといい」
「どうかなー。さっきの時間だと……。ふむふむ」
「それまで待ってもいいぞ?」
「様子を見ながらにしようよ。遠くからでも撮れるし。近くに来たらラッキーってことで」

 自然と手をつなぎ合った。お互いに歩く歩幅が同じだ。付き合い始めた頃は合わなくて、ちぐはぐだった。こっちが合わせて速めると、早瀬の方がゆっくり歩く。お互いに気を遣っていた。今ではリズムが合っている。

 これもリズムが合っている証拠だろうか?見上げると視線がぶつかったから、同時に笑った。照れくさくて、さらに笑った。

「歩く速度が同じになったね。知り合ったばかりの頃って、引きずられて歩いた時があったよ。けっこう多かった。あれって、わざとだよね?急に、ぐーーって」
「キミが逃げそうだったからだ。げえええっ、ひいいいっ、変質者!って。周りの人に変な目で見られていたよ。連れ去りか?と。リアクションに助けられたよ。そうじゃなかったら、職質を受けていたからもしれない」
「それだけすごかったんだよー?バイト帰りに待ち伏せ。嫌がったら、モップを突き付けたことをバラすぞって。思い出したらアホらしいんだよ。オーナーにバラされても、たぶん笑って謝って終わりだと思うんだ」
「そうだろうね。真面目に受け取ってくれたから、こうやって歩けている」
「へへへ。ネガティブが役立ったね!」

 そういえば、加藤さんからの言葉を話していなかった。俺のネガティブが役に立っているという話だ。さっそく話すと、早瀬がクスクスと笑い出した。さすがはベテランマネージャーだと言われた。長谷部さんも同じく、IKUの中では有名な人だそうだ。任せておけば大丈夫だと、遠藤さんから聞いたそうだ。

 まるで2人はお母さんのような人だ。女性には優しくすると決めているからと、紳士的に振舞っていた。それを吹き出して笑われて、”理想の男”が崩れ去った。あなたらしく振る舞ってちょうだいと言われた。のびのびやれているのは、早瀬の存在も大きい。

「裕理さん。昔から優しかったんだろ?写真のお母さんも優しそうだよ」
「俺はどうか分からないな。君のことが放っておけなかった。写真の母は、いい笑顔だった。幸せだったんだろう。妊娠中だったようだ。日付を見ると」
「へえー。お父さんは?あああ……」

 俺の方から聞くことではない。気になりつつも、気づかないふりをしていた。大きな紙袋に入っていた何冊もの本のことだ。楽譜だった。歌う時に使ったものなら、見せてくれたと思う。でも、見せてくれなかった。だったらお父さんのものか?それを思い切って聞くと、早瀬が頷いた。

「気にするな。どう話していいか迷っていたんだよ」
「無理にはいいから。また今度で……」
「踏ん切りがついたよ。帰ってから見せるけど、あれはギターの楽譜だった。親父は”誰のものか分からない”って、言っていたんだ。英語でギター用語を走り書きしていた。ジャンルはブルース・ロック。ヘンドリックスだった」
「うん……」

 そっか。俺の演奏イメージなのか。どういう縁だろう?間違いなく素敵な縁だ。だから泣くことなんかない。つないだ手を揺すりながら歩いて行くと、”休憩” と書かれた看板が出てきた。自転車を押しながら出てきた人に続き、そこへ向かった。
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