聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 18時半。

 今夜の食事の用意が仕上がりつつある。夏樹と佐久弥との3人でキッチンに立ち、ビーフシチューの美味しそうな匂いを楽しんだ。あと30分もすれば食べられると分かっているが、味見をしたくて堪らない。ここが自分の家なら速攻でやっている。いくら夏樹の家でも行儀が悪いのに、往生際の悪さを披露した。

「クンクン。いい匂いだなあ。これは何かなー?」
「もうすぐで食べれるから、我慢しろよー」
「味見したい。スプーンはどこー?」
「ゆうとー、これで食べろよ」
「げええええ。キミの指は舐めたくない!」

 佐久弥が鍋に指先を突っ込もうとした。表面をすくう仕草をした後、指先を持ってきた。口の中に入れられそうになり、逃げて行った。本当に32歳になったのか?子供のように追いかけてきた。蔵之介さんは笑って見ているだけだ。

「蔵之介さんーー、佐久弥がーー」
「クラー、気にするな!」

 ポーーン、ポーーン。

 天の助けか?インターフォンが鳴った。宅急便らしい。夏樹が玄関へ向かっている間に、セッティングを再開させた。すると、佐久弥が島川さんの話題を持ち出した。蔵之介さんも知っていることだと言っている。

「俺のことをナンパしたことがある。クラとつき合う前のことだ。ディアドロップの衣装提供の関係で、パーティーに呼ばれた。仕事上の付き合いがあるからなー。無下に振舞えない。スルーしながら距離を取ったわけだ」
「ふむふむ。君のことをねー。勘違いじゃないの?」
「へええ。泣かされても知らないぞ?おーい。クラー、真実だと語ってくれ」
「裕理には伝えておく」

 だからお前は忘れたふりをしろと言い出した。この話題を持ち出すな。そういう意味だと受け取ったが、その反対だった。忘れたふりをしておけ。その上で俺のフォローをしてやれという話だ。

(信頼し合っているなあ。裕理さんは守ろうとするし。何もないぞって)

 お前は後ろで待っていろと、雑草の生えた道を整えてくれた。今は手を繋いで歩いている状態だが、とっさに隠して守られているようだ。後で知ったことが出てくる。

 20歳になったのに。社会経験が乏しいし、ミュージシャンとしても未熟だからか?こうして佐久弥の話を聞かされても現実味がない。その場に遭遇していないからか?いや、想像力がないからだ。

 ぼんやりしていたのか?気がつくと、佐久弥からビーフシチューの入った小皿を差し出されていた。小さなスプーンもある。これを食べて気を取り直せと言われた。

「もうすぐ帰ってくるぞ。元気な顔を見せてやれ。クリスマスイヴだ」
「うん。ありがとう」
「クラー、俺にも入れてくれ!」
「自分でやれ……」

 そうか。蔵之介さんが入れてくれたのか。何でも甘えているのは本当のことのようだ。ああいう風に素直に甘えられたら楽かな?いつになったら出来るかな?

「……お邪魔します」
「……いらっしゃい。黒崎さーん。今夜は脱ぎっぱなしじゃなくて、コートを掛けてね~」

 玄関から話し声が聞こえてきて、夏樹が段ボールを抱えて入って来た。その後ろには待ちかねた人の姿があった。早瀬だ。ラッピングした袋を持ち、優しい笑顔を浮かべている。急に体の力が抜けた。プレゼントを受け取るふりをして、その体にすがりついた。

「ゆうとくーん。どんな悪戯をしましたかー?」
「何にもしてないよー」
「嘘つきは、ペロン攻撃だぞ」
「うひぇー?なにそれ、あああ……、げえええっ」

 口元をペロンと舐められた。舌の感触が残っているから、本当にされたことが分かった。早瀬の方は口を動かしている。

「ビーフシチューをつまみ食いしたのか。行儀が悪いぞ」
「へへへ。美味しかったよ。それはなにー?」
「月夜のレンジャーセットだ。腹巻き、タオルケット、シャンプーボトルだ」
「ありがとう。でも、要らないよーっ」
「俺が欲しくて買ったものだ。本社の近くのショッピングモールだ。いいだろう?カッコいいぞ?変身してみろ」
「もうーー」
「ウシになるぞ?んん?モウモウ?」
「メェーー」
「よくできました」

 上手くのせられて言い返すと、プレゼントを渡された。早瀬がラッピングを解いて、さっさと開封した。すると、あまり嬉しくないセットが包まれていた。エプロンとスリッパ、ヘアターバンが贈り物だ。パステルカラーの可愛い系だ。

「裕理さんの趣味だよね。どうしろっていうんだよー?」
「ははは。俺が使うものだ」
「ひいいいっ」
「だからキミに使ってもらいたい」
「もうーー」

 ブーブー文句を口にすると、こっそり耳元で囁かれた。明日が本番だぞと。ちゃんと用意してくれたのか。照れ臭いながらも素直に笑顔を返した。
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