聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 ガタガタ……。

 そろそろお開きにしようという話になった。この玄関を出る前に夏樹から声を掛けられた。黒崎家のお父さんからのプレゼントだという。猫プリントのトートバッグに入っていたのは、最新の天体観測の写真集だった。

「今日が発売日だそうだよ。いい内容だから、喜ぶそうだなーって。貰ってあげて」
「うん。明日、お礼の電話を入れるよ。もう休んでいるよね?」
「お義父さんに伝えておくよ。早瀬さん、今日はありがとう」
「日ごろのお礼だよ。よいしょっと」
「うえっぷ、ごほ……っ」 

 こうなることは予想していたのに、食べ過ぎて動けなくなった。早瀬から抱えあげられている。さすがに門までは出られるのに。ここからタクシーのランプが見えている。

 荷物を運び終えた後、ドアが閉められた。バイバイと手を振り、トートバッグを開いた。真新しい本の匂いがしている。

「悠人君、帰ってからにしなさい。車酔いをするぞ」
「少しだけ。表紙だけ。あれ?何か入ってる。ポストカードだ。ふむふむ。あ、お父さんからだ」
「どんなことを書いてあるんだ?」
「今日はありがとう。レインボーブリッジのトートに明日の会議資料を入れました。黒崎隆。だってさ。へへへ」
「明日はその光景が見られるのか。その会議に出るから」
「そうなんだー。上手な字だなー。どこかで見たことがあるんだよ……」

 最近見かけたものだ。やや癖のある筆跡だから印象に残っている。その記憶を辿っていくと、早瀬から見せてもらった、早瀬の赤ちゃんの時の写真に行き当たった。裏面には全て年齢が書かれていた。

 裕理・2歳10カ月・3歳の誕生日とあった。その時の筆跡とそっくりだと分かった。

(間違いないと思う。まさか本当のお父さんなの?)

「悠人君、どうした?」
「あの……。この字だけど、写真の裏に書いてあったのと似ているんだよ。あああ……」
「あああ?」
「あああ……」

 どうしよう?実の父親ではないかと口にしているのも同じだ。そんなわけないか。笑うだろうと振り向くと、”正解” だと告げられた。

「ええええ……、そんな……」
「そういう意味じゃない。まだ心の整理がついていなくて、話していなかった。本当のお母さんは、ある人にお世話になった。俺が肺炎に罹ったことがきっかけだ。実はね……」

 マンションへ到着する間、その話を聞かせてくれた。早瀬のことを産んだ時のこと。お世話になったおじさんのこと。その人が黒崎家のお父さんだということも。ただし名乗られてはいないことも、聞かせてもらった。懐かしい思い出を話している気分だと言い、早瀬は穏やかな顔をしていた。

「このことは俺たちの胸にしまっておきたい。いいか?」
「うん。今もそばに居る。そのことだけ覚えるようにするよ」
「偉いぞー」
「褒めることじゃないよ」

 早瀬の赤ちゃんの頃は寂しい環境だと想像していた。それだけではなかったことが分かって嬉しくなった。今まで話そうとしなかったから、つらい記憶だと思っていた。今回のことが分かったから、こうして笑えるのだろう。

 あの楽譜を見せてよと頼むと、いつでもどうぞと返って来た。だからもう大丈夫だと分かった。クリスマスの贈り物として、今日の早瀬の笑顔を受け取った。
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