聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 島川さんの病室に到着した。受付で渡されたカードを機械にかざして病室へ入ると、たくさんの見舞いの花が置かれていた。それぞれに、贈り主の企業名が書かれたカードが下がっている。聞いたことのある企業が多い。

「いらっしゃい」
「こんにちは。あああ……。痛みますよね?少し楽になりましたか?」

 島川さんは笑顔を浮かべているものの、ギプスが痛々しくて、自然と眉が寄ってしまった。もう痛くないよと言って笑われてもだ。

 オフィスの階段を下りていた時、持っていたファイルが落ちてしまい、それに気を取られて転がったそうだ。社員が残っていたのが、せめてもの幸いだった。

 話題が変わって行き、島川さんと早瀬が仕事の話を始めた。その間は静かにして、パズル本を開いていよう。さっきまで、島川さんが解いていたものだ。

 しかし、これでは見舞いとはいえない。手伝うことはないかと声をかけると、島川さんが優しい笑顔になり、いくつか問題は解けたか?と聞いてきた。5問が仕上がった。さっそく見せると驚かれた。

「さすがだな。数学の大会で銅賞を獲っただけのことがある」
「……ええ?そうなのか?」
「うん。お父さんが勝手にエントリーしたんだー。学校から話があったから」

 そのイベントに出たのは高校生の時だ。呉羽野学園の代表だと思って出場しろと、担任教師から勧められた。バンドのコンテストが近いからと断った。すると今度は父に連絡が入り、名誉なことだと言って、勝手に出場を承諾された。

 合宿がある大会だった。その間はギターが弾けなかった。親の言いなりだった嫌な思い出でしかなくて、夏樹にも話していない。どうして知っているのだろう?後で聞こう。

 結果がどうであれ、父にとっては恰好の話のネタになる。家庭が上手っているふりをするために。今では違う人になっているが。

 当時のことは話したくないが、嫌だとは言えない。早瀬の方から事情を話した。俺が両親と仲が上手くいっていない時期だったことを。否定するわけにもいかず、素直に頷いた。

「すまない。俺からすると憧れるぞ。学校から話が来るほどだ。謙虚なんだな」
「い、いえ。そんなことはなくて。あ……」

 そばに居たからなのか、島川さんからポンポンと頭を叩かれた。父が本心から喜んでいたはずだと教えてくれた。そうかな?と返すと、力強く頷かれた。すると、すーーっと、モヤモヤした思いが消えた。

「悠人。喉が痛むだろう?このアメを舐めておけ」
「平気だよ?」
「寒暖差がある。今のうちに。はいはい」

 早瀬から椅子に座らされて、ハチミツのど飴を開封して渡された。これでは話が出来ないのに。口の中に入っている時は喋らないことにしている。喉につっかえるからだ。早瀬からは背中をさすられたり、叩かれたりしている。

 俺のことをなだめているのか?機嫌は悪くないのに。まるで、”もう少し待っていなさい”と、言われているかのようだ。島川さんと早瀬が楽しそうに話している。どうも話に入りづらく、パズルを解きながら待った。

「ああ、電話だ。失礼します……」

 すると、早瀬へ桑園さんから電話が掛かってきた。すぐに出て話し始めた。その間、ベッドのそばへ行った。島川さんが気にしているからだ。誰かと約束があるんだろう?と言っている。

「デザイナーさんと食事をするんです。帰国したばかりの人で」
「へえ……。名前を教えてもらえないか?興味がある」
「桑園怜さんっていう方です」
「知り合いだったのか……。プラセルからデザインを依頼することになった。この怪我さえなかったら、会食に出られたんだよ。代わりに社員が出る」
「そうなんですか。実は……」

 黒崎さんとは幼馴染同士だ。そう言いかけた時に、早瀬から肩を叩かれた。今から出るぞと言われた。片付けを始めておこう。すると、島川さんから肩を叩かれた。

「よかったら食事に行かないか?退院した後で」
「喜んで。今日の電話でも誘おうとしていたんです。無理はしないで下さいね。動かない方がいいから。……来月、夏樹達の家に泊まりに行きますよー」
「楽しみだ。もっと話したい。そそっかしい者同士で」
「へへへ……」
「悠人。急いで出るぞ。待ち合わせの時間変更だ」
「そうなんだね」

 手早く帰り支度を終えた頃は、早瀬の電話も終わった。また来ますと言いながら、病室を後にした。
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