9 / 348
2-6
しおりを挟む
午前10時半。
8階のA1会議室での会議に参加している。1本目は室長以上の役職を集めた決定事項のもの、引き続き2本目は、第3四半期決算に向けてのものだ。
黒崎社長、深川副社長、役員のうちの10名、早瀬室長、枝川チーフも出席している。経営企画部からの報告と今後の事業展開についての説明を受けている。
「収支構造面では、海外生産拠点を含めた……、コスト競争力の強化、研究開発費の適正管理、収益の改善を図り……」
プロジェクターに映し出されたものと、手元の資料を読み進めながら報告を聞いている。全て終わった後、役員や部長からの意見が出される時間になった。
「千川生産本部長の意見では……」
「賛成です」
「経営企画部では……」
心の中でため息をついた。この意思決定の場において、派閥が存在している。こんなことをしている場合ではないのに。この黒崎製菓は、市場の中では安定した流れを持っている。その為、何も起こさずにいれば問題ないという空気が生まれている。業務の改善案は下の者に任せて、安定した場所から決定だけしようという考えが読み取れる。
(まったく。この船が沈むぞ……)
黒崎ホールディングスとの合併を期に、役員を半数以上は入れ替えた。役職も入れ替えている。そのことで多少の混乱があったものの、現在は落ち着いている。ただし、誰に取り入れば有利か、新しいレースの競争相手との駆け引きが生まれているのが現状だ。
今後の展開の話し合いが続いている。意思決定の前の序奏だ。自分のリーダーに従うために、どういう流れになるのかも予想がついている。
自分が意見を言う順番が来た。俺は営業企画部部長としての意見を口にした。すると、レースの相手達が眉を動かした。腹の探り合いのスタートだ。相手は経営企画部部長の千川と、デザート事業部室長の山田だ。
「さきほどの経営企画部部長の意見ですが。縮小する国内市場で飽きやすい消費者に対して、華やかな広告・販売合戦を繰り広げるしかないとことですが、輸入菓子に頼るのは反対です」
「多様性があるからです」
「低価格よりも、安全・安心・良質な美味しいものを求めるようになっています。それでは、わが社の強みの反対です」
千川部長が押し黙った。山田室長が資料を読み、意見を口にした。それでも変わった流れを止めることはできない。空気を読み取った千川の仲間だった者が、俺の方へと旗色を変えた。こちらに付いたと確信した。
今回は社としての大きな決定だ。それだけではなく、自分自身の立ち位置の決定の場でもある。黒崎社長と深川副社長は、眉ひとつ動かしていない。そこへ、早瀬が彼から指名された。
「マーケティング推進室の意見を聞きたい。早瀬室長」
「……はい」
すでに流れを読み取っている為、早瀬は慌てる様子もなく、淡々と意見を述べようとしている。誰かに迎合する人間ではない。今の立場としての意見をストレートに出す者だ。
「輸入品は僕も反対です。国内投資の方向性を発表した後の戦略変更は……、難色をしめします」
早瀬が意見を出した後、山田室長が食いついた。レースの始まりが告げられた。
「それでは現行と変化がない。マーケティング推進室としては、新規路線を考えているんですか?」
早瀬が軽く頷いた後、微笑んだ。
「我が社のチャネル力があるからこその、コンビニにそれだけのスペースが確保できています。特徴的なパッケージのアイデアがあります。今週、開発部の試作を経て、来週の会議で提案予定です」
深川副社長が興味を示した素振りを見せて、先を促した。それを受けて、早瀬がさらに続けた。
「チョコレート専門店の手づくり感をイメージしたものです。スイーツ男子の傾向によると……、コンビニ、洋菓子店の行き来……、それにより大学生の購買層を……」
「ほう……」
一気に新しい波が生まれた。活気づいた会議室内の空気の中、もうひと押しの時を迎えた。ちょうどいいタイミングで早瀬からの視線を受け、彼の意見を支持する旨を口にした。さらに、その新規路線の方向性を発表することも伝えた。
「営業企画部として国内市場への……、方向性はそう考えています」
方向性の意思決定の意見がまとまり、時間通りに終了することができた。慌ただしく次の業務へ向かう部長の後ろ姿を見送りながら、俺と早瀬も会議室を出た。
8階のA1会議室での会議に参加している。1本目は室長以上の役職を集めた決定事項のもの、引き続き2本目は、第3四半期決算に向けてのものだ。
黒崎社長、深川副社長、役員のうちの10名、早瀬室長、枝川チーフも出席している。経営企画部からの報告と今後の事業展開についての説明を受けている。
「収支構造面では、海外生産拠点を含めた……、コスト競争力の強化、研究開発費の適正管理、収益の改善を図り……」
プロジェクターに映し出されたものと、手元の資料を読み進めながら報告を聞いている。全て終わった後、役員や部長からの意見が出される時間になった。
「千川生産本部長の意見では……」
「賛成です」
「経営企画部では……」
心の中でため息をついた。この意思決定の場において、派閥が存在している。こんなことをしている場合ではないのに。この黒崎製菓は、市場の中では安定した流れを持っている。その為、何も起こさずにいれば問題ないという空気が生まれている。業務の改善案は下の者に任せて、安定した場所から決定だけしようという考えが読み取れる。
(まったく。この船が沈むぞ……)
黒崎ホールディングスとの合併を期に、役員を半数以上は入れ替えた。役職も入れ替えている。そのことで多少の混乱があったものの、現在は落ち着いている。ただし、誰に取り入れば有利か、新しいレースの競争相手との駆け引きが生まれているのが現状だ。
今後の展開の話し合いが続いている。意思決定の前の序奏だ。自分のリーダーに従うために、どういう流れになるのかも予想がついている。
自分が意見を言う順番が来た。俺は営業企画部部長としての意見を口にした。すると、レースの相手達が眉を動かした。腹の探り合いのスタートだ。相手は経営企画部部長の千川と、デザート事業部室長の山田だ。
「さきほどの経営企画部部長の意見ですが。縮小する国内市場で飽きやすい消費者に対して、華やかな広告・販売合戦を繰り広げるしかないとことですが、輸入菓子に頼るのは反対です」
「多様性があるからです」
「低価格よりも、安全・安心・良質な美味しいものを求めるようになっています。それでは、わが社の強みの反対です」
千川部長が押し黙った。山田室長が資料を読み、意見を口にした。それでも変わった流れを止めることはできない。空気を読み取った千川の仲間だった者が、俺の方へと旗色を変えた。こちらに付いたと確信した。
今回は社としての大きな決定だ。それだけではなく、自分自身の立ち位置の決定の場でもある。黒崎社長と深川副社長は、眉ひとつ動かしていない。そこへ、早瀬が彼から指名された。
「マーケティング推進室の意見を聞きたい。早瀬室長」
「……はい」
すでに流れを読み取っている為、早瀬は慌てる様子もなく、淡々と意見を述べようとしている。誰かに迎合する人間ではない。今の立場としての意見をストレートに出す者だ。
「輸入品は僕も反対です。国内投資の方向性を発表した後の戦略変更は……、難色をしめします」
早瀬が意見を出した後、山田室長が食いついた。レースの始まりが告げられた。
「それでは現行と変化がない。マーケティング推進室としては、新規路線を考えているんですか?」
早瀬が軽く頷いた後、微笑んだ。
「我が社のチャネル力があるからこその、コンビニにそれだけのスペースが確保できています。特徴的なパッケージのアイデアがあります。今週、開発部の試作を経て、来週の会議で提案予定です」
深川副社長が興味を示した素振りを見せて、先を促した。それを受けて、早瀬がさらに続けた。
「チョコレート専門店の手づくり感をイメージしたものです。スイーツ男子の傾向によると……、コンビニ、洋菓子店の行き来……、それにより大学生の購買層を……」
「ほう……」
一気に新しい波が生まれた。活気づいた会議室内の空気の中、もうひと押しの時を迎えた。ちょうどいいタイミングで早瀬からの視線を受け、彼の意見を支持する旨を口にした。さらに、その新規路線の方向性を発表することも伝えた。
「営業企画部として国内市場への……、方向性はそう考えています」
方向性の意思決定の意見がまとまり、時間通りに終了することができた。慌ただしく次の業務へ向かう部長の後ろ姿を見送りながら、俺と早瀬も会議室を出た。
0
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?
甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。
だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。
魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。
みたいな話し。
孤独な魔王×孤独な人間
サブCPに人間の王×吸血鬼の従者
11/18.完結しました。
今後、番外編等考えてみようと思います。
こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない
二ッ木ヨウカ
BL
一途な近衛騎士×異世界取り残され転移者
12年前、バハール王国に召喚された形代柚季は「女王の身代わり要員」として半引きこもり生活をしていたが、ある日婚活を始めることに。
「あなたを守りたい」と名乗りを上げてきたのは近衛騎士のベルカント。
だが、近衛騎士は女王を守るための職。恋愛は許されていないし、辞める際にもペナルティがある。
好きだからこそベルカントを選べず、地位目当てのホテル経営者、ランシェとの結婚を柚季は決める。
しかしランシェの本当の狙いは地位ではなく――
大事だから傷つけたくない。
けれど、好きだから選べない。
「身代わりとなって、誰かの役に立つことが幸せ」そう自分でも信じていたのに。
「生きる」という、柔らかくて甘い絶望を呑み込んで、
一人の引きこもりが「それでもあなたと添い遂げたい」と言えるようになるまで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる