86 / 348
7-6
しおりを挟む
13時。
お昼ご飯の準備中だ。がっつり食べたいと言っているから安心した。前に風邪を引いたときは食欲が落ちていたから、おかゆやスープしか口にしていなかった。今日はステーキを寄越せとまで言っている。そのまま希望を叶えられないから、工夫した。我ながら甲斐甲斐しいと思っている。
「豚肉を湯がいて……」
茹でた豚肉を、茹でて冷ましておいたキャベツに乗せた。ポン酢をかけて完成だ。黒崎が好きな料理だから食べるだろう。お肉だから満足する。蓮根を使った汁物も作った。俺のお昼ご飯は卵とじうどんだ。
さっそくテーブルに運んだ後、たまご酒を用意した。お義父さんが冬になると飲んでいることを思い出して、山崎さんに作り方を教えてもらった。使った日本酒は、サエキ酒造の純米吟醸酒だ。お義父さんは日本酒と言えば、このメーカーがお気に入りだと知った。
「……たまご酒か?懐かしいな。親父が飲んでいたぞ」
「今でも飲んでいるんだって」
「そうか。……美味いぞ」
「そう?俺も飲みたい」
「まだ飲ませられない」
「舐めるだけでいいから~」
「……だめだ」
黒崎が俺の手が届かないように、離れて飲み始めた。少し元気になったようだ。冷しゃぶを食べ始めたのを見届けて、卵とじうどんを作って持って来た。そこへ、豚肉のお皿を差し出された。食べろということだ。
「うどんだけで済ますな」
「朝ごはんが遅めだったから、そこまでお腹空いてないもん」
「昨日は俺がいなかったから、大して口に入れていないだろう?」
「うん……」
自分一人で食べる時は作るのが面倒くさいさい。買いに行くのも勿体ないから、お茶漬けで済ませている。厚焼き玉子とサラダは食べているから、大丈夫だろう。
「5口だけ頑張れ。仕掛け絵本を買ってやる」
「子供じゃないよ~」
「同じだ。3口で構わない」
黒崎が笑い声を立てた。俺のことを子ども扱いしているのに、妙に色気がある。熱があるせいで、両目が潤んでいるからだろう。ベッドにいる時のようだ。
「どうした?」
「何でもないよ。黒崎さん……」
「だからどうした?」
「何だよー。その聞き方は……」
「どう聞いてほしいんだ?」
「あ……」
黒崎が眉を寄せて目を細めた。その仕草と表情でさえも色気があるから困った。いつもと違う。自分の方がだ。
「黒崎さん……」
「夏樹」
「黒崎さん……」
「うるさい」
「いたた……っ」
伸びてきた指先に、頬を弾かれてしまった。小さな痛みが起きて押さえていると、今度は頭ごと引き寄せられた。一気に顔が近くなり、熱い息が頬にかかった。
「そんな目で見るな。大人しく寝ておけと言うくせに。抱きたいのを我慢している。……目を閉じろ」
「うん……」
「治ったら覚悟しておけ」
「え……」
「分かるだろう?可愛いから触りたくなる」
「ヒョーーーーッ」
バシャン。感極まって立ち上った瞬間、うどんの器に当たって、スープが跳ねてしまった。手の甲に掛かったから熱い。
「わあーー」
「冷やしておけ。こっちに来い」
黒崎に引っ張られてキッチンへ行った。強引に長袖をまくり上げられた後、水道水に手を当てた。数分間流していると、体が冷えてきて震えた。
「寒いよ……」
「これぐらいで終わろうか。痛みはどうだ?」
さっきよりも痛みが和らいでいた。濡れた手をタオルで拭き取ってくれた。その動作が優しくて、視界がぼやけてきた。どっちが看病しているのか分からない。
「ごめんね……」
「かまわない。熱かっただろう?」
「うん。黒崎さん……」
「手の甲と額……。これ以上は怪我をするな。もっと大事にしろ」
「今日は優しいんだね。ひっく」
「泣き虫だな。甘ったれだ。俺のことで心配させているからだ。優しくしているつもりだぞ?」
「ううん。優しくない時があるよ?」
「……何だと?」
「ほら、その怖い顔だよ。うっうっ」
「バカヤロウ。うどんの続きを食べろ」
「バカヤロウ?ひどいよ……。うっうっ」
「俺が悪かった」
「うん。半分こしない?」
うどんが伸びたのは仕方がない。冷しゃぶも口に入れた。黒崎が完食したから安心した。たまに体が揺れているから顔を上げると、咳が出始めていた。
「早く寝てよ。もうトロいことはしないから」
「期待していない」
「ふん……」
風邪を引くと咳が重くなることが多いから、すぐに寝てもらおう。さっきの発言を聞き流して、寝室へ連れて行った。
ベッドに寝かせた後、毛布を肩までかけた。お水をサイドテーブルに用意して、スマホも近くに置いた。
「何かあったら呼びに来なくていいから。電話してよ」
「すまない」
「晩ご飯が出来たら起こしに来るよ。着替えも手伝うよ」
「ああ……」
さっきも具合が悪いのを隠していたのかもしれない。すぐに目を閉じて、微睡み始めた。そっとベッドから立ち上ると、腕を掴まれた。寝息を立てているのに。
「夏樹。行くな……」
「はいはい。行かないよ」
黒崎の手の力が緩んだから、毛布の中へ入れた。規則正しいリズムで体が上下し始めるまで待ち、静かに寝室から出た。
お昼ご飯の準備中だ。がっつり食べたいと言っているから安心した。前に風邪を引いたときは食欲が落ちていたから、おかゆやスープしか口にしていなかった。今日はステーキを寄越せとまで言っている。そのまま希望を叶えられないから、工夫した。我ながら甲斐甲斐しいと思っている。
「豚肉を湯がいて……」
茹でた豚肉を、茹でて冷ましておいたキャベツに乗せた。ポン酢をかけて完成だ。黒崎が好きな料理だから食べるだろう。お肉だから満足する。蓮根を使った汁物も作った。俺のお昼ご飯は卵とじうどんだ。
さっそくテーブルに運んだ後、たまご酒を用意した。お義父さんが冬になると飲んでいることを思い出して、山崎さんに作り方を教えてもらった。使った日本酒は、サエキ酒造の純米吟醸酒だ。お義父さんは日本酒と言えば、このメーカーがお気に入りだと知った。
「……たまご酒か?懐かしいな。親父が飲んでいたぞ」
「今でも飲んでいるんだって」
「そうか。……美味いぞ」
「そう?俺も飲みたい」
「まだ飲ませられない」
「舐めるだけでいいから~」
「……だめだ」
黒崎が俺の手が届かないように、離れて飲み始めた。少し元気になったようだ。冷しゃぶを食べ始めたのを見届けて、卵とじうどんを作って持って来た。そこへ、豚肉のお皿を差し出された。食べろということだ。
「うどんだけで済ますな」
「朝ごはんが遅めだったから、そこまでお腹空いてないもん」
「昨日は俺がいなかったから、大して口に入れていないだろう?」
「うん……」
自分一人で食べる時は作るのが面倒くさいさい。買いに行くのも勿体ないから、お茶漬けで済ませている。厚焼き玉子とサラダは食べているから、大丈夫だろう。
「5口だけ頑張れ。仕掛け絵本を買ってやる」
「子供じゃないよ~」
「同じだ。3口で構わない」
黒崎が笑い声を立てた。俺のことを子ども扱いしているのに、妙に色気がある。熱があるせいで、両目が潤んでいるからだろう。ベッドにいる時のようだ。
「どうした?」
「何でもないよ。黒崎さん……」
「だからどうした?」
「何だよー。その聞き方は……」
「どう聞いてほしいんだ?」
「あ……」
黒崎が眉を寄せて目を細めた。その仕草と表情でさえも色気があるから困った。いつもと違う。自分の方がだ。
「黒崎さん……」
「夏樹」
「黒崎さん……」
「うるさい」
「いたた……っ」
伸びてきた指先に、頬を弾かれてしまった。小さな痛みが起きて押さえていると、今度は頭ごと引き寄せられた。一気に顔が近くなり、熱い息が頬にかかった。
「そんな目で見るな。大人しく寝ておけと言うくせに。抱きたいのを我慢している。……目を閉じろ」
「うん……」
「治ったら覚悟しておけ」
「え……」
「分かるだろう?可愛いから触りたくなる」
「ヒョーーーーッ」
バシャン。感極まって立ち上った瞬間、うどんの器に当たって、スープが跳ねてしまった。手の甲に掛かったから熱い。
「わあーー」
「冷やしておけ。こっちに来い」
黒崎に引っ張られてキッチンへ行った。強引に長袖をまくり上げられた後、水道水に手を当てた。数分間流していると、体が冷えてきて震えた。
「寒いよ……」
「これぐらいで終わろうか。痛みはどうだ?」
さっきよりも痛みが和らいでいた。濡れた手をタオルで拭き取ってくれた。その動作が優しくて、視界がぼやけてきた。どっちが看病しているのか分からない。
「ごめんね……」
「かまわない。熱かっただろう?」
「うん。黒崎さん……」
「手の甲と額……。これ以上は怪我をするな。もっと大事にしろ」
「今日は優しいんだね。ひっく」
「泣き虫だな。甘ったれだ。俺のことで心配させているからだ。優しくしているつもりだぞ?」
「ううん。優しくない時があるよ?」
「……何だと?」
「ほら、その怖い顔だよ。うっうっ」
「バカヤロウ。うどんの続きを食べろ」
「バカヤロウ?ひどいよ……。うっうっ」
「俺が悪かった」
「うん。半分こしない?」
うどんが伸びたのは仕方がない。冷しゃぶも口に入れた。黒崎が完食したから安心した。たまに体が揺れているから顔を上げると、咳が出始めていた。
「早く寝てよ。もうトロいことはしないから」
「期待していない」
「ふん……」
風邪を引くと咳が重くなることが多いから、すぐに寝てもらおう。さっきの発言を聞き流して、寝室へ連れて行った。
ベッドに寝かせた後、毛布を肩までかけた。お水をサイドテーブルに用意して、スマホも近くに置いた。
「何かあったら呼びに来なくていいから。電話してよ」
「すまない」
「晩ご飯が出来たら起こしに来るよ。着替えも手伝うよ」
「ああ……」
さっきも具合が悪いのを隠していたのかもしれない。すぐに目を閉じて、微睡み始めた。そっとベッドから立ち上ると、腕を掴まれた。寝息を立てているのに。
「夏樹。行くな……」
「はいはい。行かないよ」
黒崎の手の力が緩んだから、毛布の中へ入れた。規則正しいリズムで体が上下し始めるまで待ち、静かに寝室から出た。
0
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?
甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。
だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。
魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。
みたいな話し。
孤独な魔王×孤独な人間
サブCPに人間の王×吸血鬼の従者
11/18.完結しました。
今後、番外編等考えてみようと思います。
こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない
二ッ木ヨウカ
BL
一途な近衛騎士×異世界取り残され転移者
12年前、バハール王国に召喚された形代柚季は「女王の身代わり要員」として半引きこもり生活をしていたが、ある日婚活を始めることに。
「あなたを守りたい」と名乗りを上げてきたのは近衛騎士のベルカント。
だが、近衛騎士は女王を守るための職。恋愛は許されていないし、辞める際にもペナルティがある。
好きだからこそベルカントを選べず、地位目当てのホテル経営者、ランシェとの結婚を柚季は決める。
しかしランシェの本当の狙いは地位ではなく――
大事だから傷つけたくない。
けれど、好きだから選べない。
「身代わりとなって、誰かの役に立つことが幸せ」そう自分でも信じていたのに。
「生きる」という、柔らかくて甘い絶望を呑み込んで、
一人の引きこもりが「それでもあなたと添い遂げたい」と言えるようになるまで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる