夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 仲直りをしてイチャついた後、ソファーへ寝転がってテレビをつけた。黒崎の体にもたれ掛かって頭を撫でられている。このまま微睡みたい。すると、お昼のニュースが流れていて、大学入試試験の話題になった。万理と朝陽が受験している頃だ。

「『試験2日を迎え……受験生たちが……』」
「万理と朝陽君、今頃受験してるね」
「ああ……」
「朝陽君は医学部だったね。万理は教育学部だよ」
「もう一年経つのか。早いな」
「そうだね。二葉ちゃん、どうするか決めたかな?黒崎製菓で秘書のバイトをする話」
「ママに聞いた。本人は迷っているそうだ。いくら何でも、母親が逃げて来た家の世話になりたくないだろう。黒崎製菓で秘書見習いをするのは、そういうことだ。ママとしては、娘を預けたくないのが本音だ。チャンスを取り上げたくないとも言っている」
「そりゃあ、迷うよ。倉口さんのことも考えるだろうし。関係が悪くなるかもしれないし」
「すでに悪くなっている。俺でも分かるぐらいだ」
「そんな……」

 ママはこの家で嫌な思いをした。当たり前のことが出来ないと言われる一方で、やたら褒めてくる人が集まり、心のバランスを崩した。そんな時に、倉口さんが拠りどころになったそうだ。ママは倉口さんと再婚した後、ウォーキング教室を開いている。そして、そこからモデルデビューした生徒がいることも聞いた。

「ママの教室が忙しくなった頃からだと聞いた。ささいなことだとは言っていたが……」
「有名になったもんね。二年前の生徒さんがブランドモデルになったんだよね?すごいよね」

 二葉が3歳になった頃に、ママがウォーキングスクールを始めた。自信が持てるようにと、引っ込み思案を直したい目的の子が通っていた。とてもアットホームな雰囲気でやっていたそうだ。

 しかし、数年後に状況が大きく変わった。有名なデザイナーに見出された生徒が出たことがきっかけになり、ママの教室へ通いたいという人たちが詰めかけた。それが今も続いている。

「最初は小さなスクールだったそうだ。今とは大違いだ」
「すれ違っても同じ家に住んでるのに。二葉ちゃん達もいるのに」
「不器用な人だ。集中すると周りが見えなくなる。倉口さんが受け止めてくれればよかったが」
「そっか……」

 都内に出て来た後、黒崎はママ達に会うことがない。たまに電話で話すのが精一杯の状態だ。お互いに遠慮があり、親子という感覚がないそうだ。しかし、自分を産んでくれた人であり、困った時には助けたい。そう思っているのに、どう接したらいいのか分からないと言っている。その反対に、うちの母と話している時は自然だから、付き合いの長さではないのだろう。

「……ママを都内へ呼ぼうと思っている」
「もう決めたの?」
「その方向だ。モデルスクールを、こっちで出さないかと話が来ている。地元の教室はそのまま残す」
「ママはどう言っているの?」
「スクールを出す気がある。俺のサポートは要らないと言った。もう倉口さんには任せられない。別居させたい。どうやら酒癖が悪いようだ。暴力までは分からない」
「そんな……。ママのことを連れて行ったのに?」
「そういうものだ。近くにいれば出来ることがある。まずは距離を置くと言っていた。ママには離婚の意思がある。だが、いつのことになるやら……」
「黒崎さーんっ」

 わざと茶化したのだと分かっている。やや重苦しい空気になったからだ。だからこそ、突っ込んで聞ける。

「倉口さんとは揉めるかな?その……、財産争いとか、浮気したんじゃないかって疑われるとか」
「ママには財産がある。あの家の大黒柱だ」
「さすがだね……」
「俺の母親だ……」

 黒崎が笑い声を立てた。自慢しているのが可愛いと思った。再会した頃とは大違いだ。
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