夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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16-9(黒崎視点)

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 18時半。

 イベント会場を後にした。暗い夜空の下には、大きな橋を彩るイルミネーションが輝いている。レストランの予約まで少々の時間があり、湾沿いを散歩している。夏樹が目を輝かせた。太陽の光が似合うのに、本人が好むのは夜だ。

「レインボーブリッジは歩けるんだよね?まだ行ったことがないよね」
「連れて行く約束をしていたな。遊歩道へ」
「いいんだよ?いつでも行けるんだし。近くにあると行かないのは、よくあることだよね~。スカリツリーにも行ってないもん。定番の浅草はリピーターだけど」
「そうだな……」

「何を笑っているんだよ~?」
「浅草の仲見世でワードローブを揃えているからだ」
「いいじゃん。歩く観光地ファッションだよ」
「個性的でいい。髪の色と同じくオリジナルだ」

 夏樹の髪の毛に触れた。日が当たれば金髪に近いほどに明るい色に変わった。毎日のように見ているから気づかなかった。それだけそばに居るということだ。

「星が見えないね。さすがは都会だよ」
「箱根へ連れて行く。観測会が開かれる程だ。ここから2時間もあれば着く」
「うんっ。行きたいところはないの?海浜公園はどう?5月頃だけどネモフィラの花が広がっているんだって。青の絶景だってさ。コスモス畑もいいね」
「調べてくれたのか?」
「あたりまえだよ~。俺のことばっかり優先しているじゃん?たまには自分の都合をさ~。レストランも好みに合わせてくれているし」
「好みが似ているからだ……」

 今夜は調子が出ない。夏樹が普段よりも大人びて見える。あれほど引っ込み思案だったというのに、大勢の前でステージを盛り上げた。今日のステージも楽しんでいることが分かった。

「オリオン座が見えるよ。さすがに明るい星が多いから分かるよ」
「あれがベテルギウスか?」
「そう。オリオンの左肩にあたる星だよ」
「お前もベテルギウスだな。いつも左にいる」
「この位置は誰にも譲らないんだよ~。寝てる時もだよ~。どんなにいい人がいても、踏ん張ってやる」
「その心配はない」
「うへへ……」

 夏樹の体を包み込むようにして抱きしめた。いつだったか、こんな風に星を眺めていた時に言われたことを思い出した。

 南のうお座にあるフォーマルハウトは他の星と離れているが、その星が存在しないと星座が完成しない。他の星が輝くのなら、その手伝いがしたいと言っていた。今の夏樹はベテルギウスのように輝いている。どちらも本人には変わりない。

「黒崎さん?どうしたの?」
「ああ……」 
「黒崎さん?」

 もう一度、名前を呼ばれたことで言葉を口にした。それは自分でも呆れるぐらいに掠れた声だった。もう一度だけ口にしよう。

「そばにいてほしい」
「黒崎さん……。ここに……」
「夏樹……」
「んん……」

 ここにいるよ。そう答えようとしたのだろう。背中に手が回される感覚がある。厚手のコート越しでも体温が伝わるのは錯覚だろうか?そのぬくもりに安心して、キスから解放させた。

「はあ……。どうしたんだよー?」
「置いて行くな」
「行かないよ?一緒に歩く。黒崎さんの方こそ、俺のことを引きずっているだろー?置いて行けないよ」
「そうに違いない」
「しかないね……」

 夏樹が微笑んだ後、彼の方からキスをされた。何度も重ね合ううちに、深くつながった。唇が離れた後は見つめ合った。

「寒くなったよー」
「……すまない」
「ううん。ご飯を食べに行こうよ~」

 夏樹が体を震わせた。外していたマフラーを巻いてやり、今夜のレストランへ移動した。
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