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エレベーターの前に立った。ランプは8階で止まっている。自分たちの他には待っていない。さり気なく肩を抱かれただけで、胸の鼓動が高鳴った。
「く、黒崎さん?どうしたんだよ?」
「お前のほうこそ、どうした?」
「だって優しいじゃん。迎えに来てくれた時から……」
「いつも優しいつもりだ」
「今日は大事にされてる気がするんだ……」
「……大事だから、大事にしている」
「え?」
「それだけだ。前を止めておけ。外は寒いぞ」
コートのボタンを留めてくれた。鼓動が速すぎる。具合が悪いのかと錯覚した。照れくさいから俯いて誤魔化した。
「熱を出したのか?」
「ううん!違うんだ」
「おい、震えているぞ」
「あ……」
両手を取って握られた。思案顔になった後、先に俺のことを家へ連れて帰ると言われた。その後で、スマホの機種変更をして帰ってくるという。そこまでしてもらわなくても平気だし、一緒に居たいと思った。
「照れくさくて顔が熱いだけだから。優しいからだよ……」
「あのなあ。こういう時には当たり前だ。来たぞ、乗れ」
「あ……」
素っ気なく言ったくせに、大事にされているのが分かるような動作をされた。扉が閉まった後は、頬に手を添えられた。そして、顎のラインを辿るように、指先でも触れられた。まるでベッドの中にいるときのようだ。ただし、黒崎の目には心配そうな色がある。
(心配をかけたなあ……。どうしたらいいのかな……)
ぼんやり見つめて、胸が痛んだ。エレベーターが一階に到着して、ロビーに出た。エントランスへ行くのかと思えば、ソファーが並んでいる場所へ向かった。
「夏樹。無理をしているだろう?大学、音楽、黒崎家の息子としての勉強、人づき合い。学部選択もある。お前の成績なら法学部へ進める。理学にも行けるだろう?」
「うん、そうだよ。法学を選択するつもり」
「本当はどこに行きたいんだ?」
「……法学部だよ」
「何になりたかった?黒崎家の養子になる前は」
「本当に決めていなかったよ。法学卒でも色んな職種で働くもん。法曹界とは限らないよ」
「好きな学部を選択しろ。物理学科がいいだろう?応用生命学か?」
「それだと関係ないもん」
「お父さんの話を思い出してみろ。おじいさんが法曹界の人だ。将来は弁護士になれと言いつけられたそうだな?……お父さんは弁護士になりたくて勉強した。親から強要される子供の気持ちが分かるから、お前たちには自由にさせている。……せっかくそういう家に育ったのに、どうして自分を縛るんだ?」
「あんたも俺のことを縛ったじゃん」
これは言い訳でしかない。自分の意志がはっきりとしないことが原因だ。まるで八つ当たりだ。黒崎から手を握られた。怖くなんかない。優しい声と目をしている。あの当時の黒崎は、ここにはいない。
「すまなかった。お前が倒れた後で後悔した」
「ごめん。俺がこだわっているんだ」
「気持ちを切り替えろ。俺は情報物理学科だったぞ?裕理も同じ学科だ。それでも役に立っている。お前は植物の勉強をしてもいい。理学部はどうだ?うちの会社は食品を扱っている。研究者が必要だ」
「え、そうなの?」
「……チョコレートの溶けぐあい、配合、品質。分野は様々だ。経営陣に進むとはかぎらない。親父は経営側したいと思っている。向いていると判断したからだ。俺もそう思っているが、お前は開発型だ。……無駄な知識をたくわえるな。だから、大事なことが入らない。分かったか?」
「うん……」
「全て俺が悪い。体が心配だ。無理をするな」
黒崎から抱き寄せられた。スーツの生地が頬に触れて、涙が落ちてしまった。黒崎が優しいからだ。でも、涙でスーツが濡れてしまう。そこで離れようとしたら、さらに頭を抱き寄せられて、泣き止むまで待ってくれた。
「く、黒崎さん?どうしたんだよ?」
「お前のほうこそ、どうした?」
「だって優しいじゃん。迎えに来てくれた時から……」
「いつも優しいつもりだ」
「今日は大事にされてる気がするんだ……」
「……大事だから、大事にしている」
「え?」
「それだけだ。前を止めておけ。外は寒いぞ」
コートのボタンを留めてくれた。鼓動が速すぎる。具合が悪いのかと錯覚した。照れくさいから俯いて誤魔化した。
「熱を出したのか?」
「ううん!違うんだ」
「おい、震えているぞ」
「あ……」
両手を取って握られた。思案顔になった後、先に俺のことを家へ連れて帰ると言われた。その後で、スマホの機種変更をして帰ってくるという。そこまでしてもらわなくても平気だし、一緒に居たいと思った。
「照れくさくて顔が熱いだけだから。優しいからだよ……」
「あのなあ。こういう時には当たり前だ。来たぞ、乗れ」
「あ……」
素っ気なく言ったくせに、大事にされているのが分かるような動作をされた。扉が閉まった後は、頬に手を添えられた。そして、顎のラインを辿るように、指先でも触れられた。まるでベッドの中にいるときのようだ。ただし、黒崎の目には心配そうな色がある。
(心配をかけたなあ……。どうしたらいいのかな……)
ぼんやり見つめて、胸が痛んだ。エレベーターが一階に到着して、ロビーに出た。エントランスへ行くのかと思えば、ソファーが並んでいる場所へ向かった。
「夏樹。無理をしているだろう?大学、音楽、黒崎家の息子としての勉強、人づき合い。学部選択もある。お前の成績なら法学部へ進める。理学にも行けるだろう?」
「うん、そうだよ。法学を選択するつもり」
「本当はどこに行きたいんだ?」
「……法学部だよ」
「何になりたかった?黒崎家の養子になる前は」
「本当に決めていなかったよ。法学卒でも色んな職種で働くもん。法曹界とは限らないよ」
「好きな学部を選択しろ。物理学科がいいだろう?応用生命学か?」
「それだと関係ないもん」
「お父さんの話を思い出してみろ。おじいさんが法曹界の人だ。将来は弁護士になれと言いつけられたそうだな?……お父さんは弁護士になりたくて勉強した。親から強要される子供の気持ちが分かるから、お前たちには自由にさせている。……せっかくそういう家に育ったのに、どうして自分を縛るんだ?」
「あんたも俺のことを縛ったじゃん」
これは言い訳でしかない。自分の意志がはっきりとしないことが原因だ。まるで八つ当たりだ。黒崎から手を握られた。怖くなんかない。優しい声と目をしている。あの当時の黒崎は、ここにはいない。
「すまなかった。お前が倒れた後で後悔した」
「ごめん。俺がこだわっているんだ」
「気持ちを切り替えろ。俺は情報物理学科だったぞ?裕理も同じ学科だ。それでも役に立っている。お前は植物の勉強をしてもいい。理学部はどうだ?うちの会社は食品を扱っている。研究者が必要だ」
「え、そうなの?」
「……チョコレートの溶けぐあい、配合、品質。分野は様々だ。経営陣に進むとはかぎらない。親父は経営側したいと思っている。向いていると判断したからだ。俺もそう思っているが、お前は開発型だ。……無駄な知識をたくわえるな。だから、大事なことが入らない。分かったか?」
「うん……」
「全て俺が悪い。体が心配だ。無理をするな」
黒崎から抱き寄せられた。スーツの生地が頬に触れて、涙が落ちてしまった。黒崎が優しいからだ。でも、涙でスーツが濡れてしまう。そこで離れようとしたら、さらに頭を抱き寄せられて、泣き止むまで待ってくれた。
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