夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
213 / 348

17-9

しおりを挟む
 黒崎製菓のビルから出ると、空が晴れ渡っていた。南の空には虹がかかっていた。大きなもので、西の方角にも広がっている。ちょうど我が家の方向だ。

「黒崎さん。虹がかかっているよ。振り向いて」
「けっこう大きいものだな。ちゃんと7色あるぞ」
「うん。4色ぐらいしか見えないもんね。虹を見せてやったから、頑張れってことだよ。神さまからのメッセージじゃないかな……」 
「神様から機嫌を取られているんだろう。よかったな。なかなか出来ない経験だ」

 クシャクシャと頭を撫でられた。これは元気づけようするときの動作だ。喧嘩をして機嫌を取るときは、顔を覗き込んでくる。今は並んで歩いて、同じ虹を見ている。だから大丈夫だと思った。

「今日の会社はどうだった?」
「今日はあまり緊張しなかったよ。少しだけ慣れたみたいだよ」
「家の方はどうだ?もうすぐで引っ越してきて一年になる」
「慣れたよ。でも、黒崎家はって聞かれると、馴染みがない雰囲気だよって答えるしかないなあ」
「お前の実家は明るいからな」
「似たような環境よりも、刺激的で面白いよ。研究意欲が湧くんだよねえ……」
「さっきまで泣いていた子のセリフか?因縁だらけの家だ。親父の家はお化けが出るかもしれない。ガキの頃、書斎の隣の部屋に入るのが怖かった」
「それって右だよね?」
「左だ。あの部屋が気に入っているだろう?図書室だ」
「言うなよーっ」

 耳を塞ぐようにして離れたのに、肩を抱かれて定位置に戻されてしまった。さらに顔を近づけてきて、笑い声を立てている。嫌な予感がしたのは正解だった。

「古い本を置いてあるだろう?それを読んできた人間が……」
「ひいいいっ」
「夜はガタガタと音がして、それでも読みたい本があった。勇気を出して入ると、窓から光が見えた。ぼんやりと白い……」
「ひいいいっ」

 耳を塞いでいるのに、黒崎の声が響いてくる。だんだん視界がボヤけてきた。本日3度目の涙だ。まさか、こんな意地悪で流すなんて。

「うっうっ。ひっく、うぇ……、ひっく」
「……おい、言い過ぎだか?」
「うわああんっ。ひがて……ひゃって……ひってるひゃひょ」
「ぼんやりと白いものは月だ。満月だ。すまない。許してくれ」
「因縁って?」
「どこの家でも同じだ」
「実家は何もないよ……」
「会社を経営する以上は恨みも買う。それはもう理不尽だ。そういうものが渦巻いているのは否定しない。それでも見たことは……」
「あるの……?」
「親父も俺も見たことがない」
「嘘をつけない人になったねえ?ひっく、うっうっ」
「泣くな。俺が悪かった」
「もう確定じゃん、うわああんっ」

 ここはオフィス街だ。歩道にはたくさんの人が通り過ぎている。さすがに泣き止みたいのに、嗚咽が止まらない。オロオロしている黒崎から促されて、背の高い植え込みへと歩いて行った。そして、ふちに腰かけて、黒崎のハンカチで涙を拭いた。

 泣いてばかりだから、頬がふやけてきた。鼻の下が痛いし、目尻も違和感をある。ポケットティッシュがなくなった頃に涙が止まり、機嫌を取られながらタクシーに乗り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け 完結しました。 たまに番外編更新予定です。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...