夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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31-9(黒崎視点)

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 ……ヴィジブルレイーー!ナツキーーー!

 ……ユーートー!……サクヤーー!

 ……アンコーールーー!

 アンコールを呼びかける歓声が起きている。今回は一曲のみのステージだと聞いている。後は佐久弥のMCがあり、IKU所属のミュージックシャンが登場するそうだ。

 するとその時だ。斜め後ろから肩を叩かれた。沙耶だった。仕事帰りらしい。今、大きな案件を抱えていると聞いているが、来てくれた。無理をしたのではないだろうか。

「ごめんなさい。遅くなったわ。ステージ開始までに間に合ったの。向こうで聴かせてもらったから」
「来てくれてありがとう」
「黒崎君!?」
「どうした?」
「そんな言葉が出てくるなんて……。誰かに改造された?」
「バカヤロウ」
「ふうん……。あとでゆっくり話しましょうね。あら、メンバーが出てきたわよ!アンコールじゃないかしら?」
「夏樹……。息が切れていない」
「そうね。白い檻を蹴り倒したもの。まるで病院のベッドみたいだった」

 ステージが明るくなっている。メンバーが戻ってきた。汗に濡れた顔をタオルで拭きながら、夏樹がスタンドマイクの前に立った。

「……‥アンコールに応えてもいいですかーー?」

 いいよーーー!

「……‥俺たちが尊敬する、先輩の楽曲を演奏します!ベテルギウス、新曲!……そのままのあなたが大好きーー!」

 ワーーーーー!

 夏樹のシャウトが響き渡った。観客からの声援で会場内が揺れた。本当に500名が招待されたのだろうか?数倍に感じた。床から伝わる振動が長引いている。夏樹がフラついた。悠人が心配そうな顔になったが、ひまわりのような笑顔が戻り、強いオーラを放った。その後、佐久弥の声が響きわたった。マイクを通していない。

「……‥かぶれーーーー!俺が許すーーー!苦情はナッシングーー!」

 あにきーーーー!

 夏樹が仁王立ちして、真剣な顔をした。ただし、これからやろうとしていることは笑いを起こすものだ。佐久弥の手より、2Lのペットボトルの水が浴びせられた。悠人が逃げ回った後、佐久弥を蹴り飛ばす動作をやった。

「……‥ひいいいいっ。強要だーーー!」

 ワーーーーー!

 ひいいいいいいー!

「……ボーカル!なつきーー、ぬげー!上半身だけだーー!」
「……トリャーーー!」

 トリャーーー!

 ずぶ濡れになったジャケットとシャツを脱ぎ捨て、それを豪快に観客席に放り込げたことで歓声があがった。ジャケットが奪い合いになっている。俺は言葉を失った。荒っぽい夏樹を見るのは久しぶりだからだ。

「……いくぞーー!おらぁーー!兄弟ーーー!」

 ワーーーー!

「……みんないくぞーーー!やっちまおうぜーーー!わたしで……いいのかなーー?おーーー!……‥」

 ドーーーン!

「……‥わたしでいいのかなー?yeah!yeah!yeah!……困らせてごめんね!……yeah!yeah---!……」

 アニキーーー!

 ついていくよーーー!

 夏樹の歌声に驚いて言葉を失った。どこからこの低音が出てきたのか?と。沙耶から教えてもらった。デスボイスというものだと。それを、このポップな楽曲に合わせている。悠人も合わせて飛び跳ねている。夏樹が踊りながら歌っている。全くの違和感がない。沙耶が笑い出して、椅子の背にもたれかかった。

「……やだ、ときめいたわーー。どうしようかしら。今の夏樹君は別人よ。わたしの予言の通り。3年後は男らしい外見になって、女の子から悲鳴が上がるわよって。そのものじゃない。背が伸びたでしょう?」
「……衣装のせいだろう」
「年明けに会った時、目線の高さが違っていたの。175センチよね?もっとあるでしょう。あんたも背が伸びたのかしら?」
「これ以上は伸びなくてかまわない」

(ぶっ倒れるまでやれ。迎えに行ってやる……)

 演奏が終了した後、佐久弥がメンバーを集めた。観客に手を振った後、5人で両手をつなぎ合った。掛け声に合わせてジャンプをした。仙頭カメラマンがシャッターを切っていた。汗と涙にぬれた笑顔が輝いている。迎えに行こう。ステージサイドで待つ約束をした。

「お母さん。サイドへ行きましょう」
「ええ……」

 中山の義母に声を掛けると、両目から涙をこぼしていた。声も立てずに。まっすぐに息子のことを見つめていた。
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