海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 カタカタと音がして、悠人がトースターからロールパンを取り出した。心配ながら見ていると、彼が息を飲む気配があった。

「ゆうとくーん、どうした?」
「げえええっ」
「おーーい」
「美味しそうな匂いだから、腹が鳴ったんだよ。そのタイミングで言われたからさー」
「たまたまだ……」

 カタカタと平和な音がした後、ロールパンと味噌汁が運ばれてきた。肉がカットされているから、箸で食べることにした。

「いただきまーす」
「いただきます」
「おいしいねーー」
「美味しいよ。どんなものを食べたんだ?」
「エビとか野菜だよ。お肉は裕理さんと食べたかったからさ」
「悠人……」

 なに気ないひと言だった。悠人は照れくさそうにしていない。自然然と手が伸びて、悠人の指先に触れた。出会った時の傷は存在していない。守れた証だろうか?

「火傷はしてないよ?」
「そうか。よかった……」
「わわわっ。これは俺の手だよ!食べるなよ」
「少しだけ……」
「もうっ」

 悠人から強引に手を離されてしまった。気がつくと、ベッドで起きていた頭痛が治まっていた。やっぱり悠人に守られているのだと実感した。こういうもの悪くないと思った。

「ゆうとくーん、どうした?毒でも盛ったのか?」
「うん。意地っ張りが治る薬を入れておいたよ。効果あるかな?」
「いじっぱり?君のことだろう」
「体調が悪いのに、平気なふりをしているだろ?どうして、弱いところを見せてくれないんだよ?」
「こうやって見せているじゃないか」

 今の状況でも不本意だ。世話を焼かれているのは悪くないが、格好がつかない。これを意地っ張りというのか。

「黒崎さんから聞いたんだよ?大変な仕事をしていたって。ワタベ電機との交渉が上手くいったのは、凄い事なんだよね?ゆっくり休んでもらうからね!」
「おい……。そこまで話したのか」
「俺が聞いたんだよ。黒崎さんのことを叱らないでよ?心配だから聞きまくったんだ。これからも話さないと、同じように聞くからね」
「ゆうとくーん」
「め!」
「……え?」
「これも聞いたんだよ。め!って叱ると効果的だって。かわいい感じだけど、子供の頃、こんな叱られ方したの?話を聞いてたら、そういう感じじゃないよね?」
「……ぷっ。まさかこれは夢の続きか?」

 夢うつつで思い出していた時に、拓海さんが黒崎のことを叱っている姿があった。まさか同じように叱られるなとは。すると、笑ったことがいけなかったようで、悠人の眉間に皺が寄った。黒崎が憑依しているようだ。

「笑いごとじゃないよ」
「君の方こそ、誰かが憑依しているだろう。ははは」
「笑いごとじゃないってばー」
「もっと叱っていいよ」
「いい子マンのくせに。こういう時に、いい子になれよ」
「はいはい」
「返事は、はいだよ!」
「はーーい」
「きいいいいっ」

 本気で怒りだしてしまった。顔が赤くなっている。心配を掛けた結果だが、さらに叱ってほしくなった。身体が勝手に笑い声を立てているから、震えが止まらない。とうとう直接的な攻撃を受ける羽目になった。椅子から立ち上ると、首回りに抱きついてきた。

「ゆうとくーん。何の技だ?」
「知らないよ。適当だよー」
「痛くも痒くもないぞー?」
「きいいいいっ」
「こら、食べれない。せっかく温めてくれたのに」
「あ……、ごめんね」

 これが悠人のいいところだ。素直に非を認めて謝ってしまう。自分が悪くなくても。この部分に、今は甘えさせてもらう。

 悠人の体に腕を絡めて捕らえた。逃げ出す前に、膝の上に乗せた。さらに唇を近づけて、大げさにキスをするふりをした。両手で抵抗しているのが可愛い。

「やめろよーー」
「いいじゃないか。結婚しているんだぞ?」
「そういう事じゃないよ。ニンニク臭くても気にしないから」
「そうか、んん……」
「違うってば!裕理さんのことを話しているんだよ」
「はい……」

 ここは観念しよう。悠人から叱られるために。椅子に腰かけると、悠人が手を膝の上に置いて、見つめてきた。どこかの”お母さん”が、憑依したようだ。

「体調が悪い時は休んでね。オフィスの人が休めなくなるよ。有給休暇も取ってよ。消化目標があるんだよね?聞いたんだ」
「はーい……」
「どんなことで無理をしているの?黒崎さんから聞いたけど、高速道路を作っているんだって?マジじゃないだろ?なんのこと?」
「君が歩きやすいように。つまづかないように」
「何を言ってんだよ?……俺のことで協力してくれたのは有難いよ。いい方向に進んでいるんだ。これで十分だよ。……裕理さんが体を壊したら、意味がないんだ」
「そういうわけにはいかない。守りたい」
「ダーメ」
「悠人……」
「だったら俺も守る。一緒にやっていこうよ。ね?」
「……」

 いつからこんなに大人になったのか。自信が無くてウジウジしていて、守ってやらないといけない子だったのに。寂しいが、嬉しくもある、複雑な気分だ。ぼんやりしていると、頭を撫でられて、頬もグリグリと撫でられた。いつもとは反対だ。

「ゆうとくーん、俺はリクじゃないよ」
「知ってる。ヒーロー・ユーリだよね」
「はい」
「さあ、歯を磨いて寝てください。明日は土曜日だから一日中、寝てよ」
「はい」

 食事を終えた後、背中を押されてベッドへ放り込まれた。そして、肩まで毛布を掛けられた後、すぐに眠気が起きた。
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