海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

文字の大きさ
4 / 259

1-3

しおりを挟む
 ニュースが終わった後、早瀬から置かれた手が離れた。さっきまであった手の感触がなくなったのに、まだぬくもりが残っている。名残惜しく思った。そして、余計なことを思い出して、胸の鼓動が打ち始めた。昨夜、ベッドで愛していると言われた時のことを思いだしたからだ。

 照れくさいから、それを頭から消したくて、アイス珈琲のストローを口に含み、美味しいなあと、上ずった声を出してしまった。これでは挙動不審だ。怪しいヤツになっている。そういう俺のことを見て、早瀬が吹き出して笑った後、耳元に息を吹きかけてきた。

「わわわっ」

 立ち上って逃げようとしたのに、両肩を押さえつけられて身動きができない。すると、体の前に腕が回されて、早瀬が後ろから覆いかぶさってきた。そして、楽しそうな笑い声を立てて囁かれた。悠人君と。

(昨夜の……、わわわ、だめだだめだだめだーー!)

 早瀬の手がTシャツの中に入り、胸もとを撫でられた。ベッドで触られたりキスをされたりした感触を思い出して、背中に汗をかいてきた。そして、Tシャツを頭から引き抜かれた後、首筋に熱い息がかかった。キスマークをつけるつもりだ。強く吸われて小さな痛みが起き、肩に歯を立てられた。

「もう!裕理さん!」
「おっと……」

 両足を振り上げて一気に降ろし、その反動で身体が前に動いた。無事に逃げ出せた後、ソファー越しに向かい合わせになった。いつもキスマークを付けられている。薄着だから見える時があるのに。嫌だと言っても聞いてもらえない。ジリジリと後ろに下がって、早瀬と距離を取った。

「悠人君。朝ご飯を食べよう」
「まだいらない!」
「そうか、それなら仕方ないな」
「え?」
「後から食べるならラップをしておくよ。早めに食べた方が美味しいけどね」
「あ……」

 早瀬がキッチンへ行ってしまった。カウンター越しに、料理の皿へラップをかけているのが見えた。急に寂しくなったが、自分から言い出したことだから、引っ込みがつかない。

 自分が蒔いたタネだ。自業自得だ。でも、早瀬の方こそ悪いと思う。ソファーへ腰かけて膝を抱えた。後ろの方では、カタカタと音がしている。振り返ると、彼がダイニングテーブルへ皿を運んでいた。手伝うよ、さっきはごめんね。その一言で仲直りができるのに、言い出せない。

(一緒に食べたいな……、珈琲の匂いがしてる……)

「ゆうとくーん?」
「んー?」

 声をかけられて嬉しいのに、わざと気のない返事をしてしまった。これでは仲直りには程遠い。しかし、早瀬は普段通りで、こっちの気のない返事にも反応していない。

「さっき言った動物番組を放送しているはずだよ」
「チャンネルが分からないんだよ……」
「6チャンネルだよ。『マーリン先生が来た』だ」
「ありがとう」

 可愛い動物が出てきたら、早瀬を呼ぼう。それなら自然に仲直りが出来そうだ。リモコンで6チャンネルに合わせると、言われた通りの番組がやっていた。司会者がパネルを持って動物の紹介をしている。

「『では、昆虫博士の、今日の虫はだ~れ?』」
「ええ!?」

 さっき昆虫と聞こえた。俺は虫が大の苦手だ。キッチンの黒いヤツの存在を知った後からだ。ヤバイ!しかし、目を閉じる前に、草むらの虫が映し出された。

「ひいいいいいっ」
「ゆうとくーん?どうしたんだ?」
「虫の番組だよー!」
「虫だけじゃないよ。イリオモテヤマネコも出ているよ。こっちにおいで。一緒に食べよう」

 早瀬は知っていてわざとテレビを付けさせたのだと思った。彼が笑いを押し殺して震えているからだ。さらにキッチンから声を掛けられた。笑い声まで聞こえてきて腹が立った。やっぱり仲直りをしたくない。テレビ画面から目を逸らしつつ言い返した。

「ううん。後で食べるよ……」
「虫が怖いなら、チャンネルを変えるといいよ」
「ううん。平気。このコーナーが終わったから」

 タイミングが良いことに、イリオモテヤマネコの映像が流れ始めた。マーリン先生と呼ばれたオジサンが草原を走っている。そのお腹が揺れている。

 カタカタ。食器の音がした。早瀬が食べ始めた気配があった。腹が空いてきたが、しばらく我慢するしかない。カタッ。椅子が引かれる音がした。彼が立ち上り、近くまで来る気配があった。

「悠人君、一緒に食べよう。ごめんね」
「うん!」

 早瀬が謝ったから、今度こそは素直に返事が出来た。ダイニングテーブルへ行くと、サラダが用意されていた。それにはハチミツとマスタードを混ぜたドレッシングが掛けられていた。早瀬が作ってくれるドレッシングの中で、一番好きなものだ。

「美味しいよ。これが好きなんだ」
「ピリッと辛くて甘いからね」
「うん!」

 まるで早瀬のような味だ。優しくて、俺のことを甘やかす。どんなに駄々をこねても許されている。それなのに、ここぞという時には叱られている。おまけにイジメてくる。朝起きた時に動物番組のことを教えてもらったのは、最初からそのつもりだったろう。

 大人と子どもの共存、ハニーマスタードドレッシング。早瀬とドレッシングのことが、ますます好きなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖
BL
溺愛ドS×天然系男子 俺様副社長から愛される。古い家柄の養子に入った主人公の愛情あふれる日常を綴っています。心臓に疾患を抱えながら、ロックバンドのボーカルとしてステージに立つ夏樹。彼を溺愛するのは、年上で俺様な副社長・黒崎圭一。夏樹は養子として名家に迎えられ、音楽と経営、二つの人生の狭間で揺れていた。それでも黒崎は、束縛と独占欲を隠すことなく、夏樹のすべてを受け止めようとする。ステージを降りる日が近づくかもしれない中、家族の問題、過去の傷、そして未来への不安が静かに忍び寄る。繋いだ手を、決して離さないと誓った二人の、溺愛と再生の物語。※本作からでもお読みいただけます。 黒崎家には黒崎の兄弟達が住んでいる。黒崎の4番目の兄の一貴に親子鑑定を受けて、正式に親子にならないかと、父の隆から申し出があり、一貴の心が揺れる。そして、親子鑑定に恐れを持ち、精神的に落ち込み、愛情を一身に求める子供の人格が現われる。自身も母親から愛されなかった記憶を持つ黒崎は心を痛める。黒崎家に起こることと、黒崎に寄り添う夏樹。 作品時系列:「恋人はメリーゴーランド少年だった。」→「恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編」→「アイアンエンジェル~あの日の旋律」→「夏椿の天使~あの日に出会った旋律」→「白い雫の天使~親愛なる人への旋律」→「上弦の月の天使~結ばれた約束の夜」→本作「青い月の天使~あの日の約束の旋律」

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

君に二度、恋をした。

春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。 あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。 ――もう二度と会うこともないと思っていたのに。 大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。 変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。 「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」 初恋、すれ違い、再会、そして執着。 “好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか―― すれ違い×再会×俺様攻め 十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。

処理中です...