アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 黒崎のことを見送った後、家の中に入った。ガランと静かで広く感じた。廊下を歩くスリッパの音まで大きく聞こえる。通学の時間まで、掃除と洗濯を済ませることにした。洗い物の入った籠を運んできて、洗濯機の前で洗濯物をより分けた。

「これは普通コースでOKだね。これはドライマーク。こっちはクリーニング。あ、シャツに汗じみが出来ているなあ。漂白しよう。あれ?漂白剤が空っぽだ。ストックはなかったかな?」

 棚の奥を探すと、無事に洗剤が見つかった。まだ片付いていないから、一度何か物を取り出すと、散らかってしまう。我が家では、お気に入りの洗剤がある。この間、まとめ買いをした。だから洗濯機回りは物が多い。整頓しないといけないと思っている。

「酸素系漂白剤はこれがいい。ドライマーク洗剤は、この洗剤が良いんだよね~。ふんわり仕上げ。けほっ」

 調子に乗って高音で歌い上げてしまい、喉が痛くなった。すると、咳まで出てきた。風邪を引いたのかもしれない。体温を測っておこうと思った。

 リビングへ行くと、朝の情報番組をやっていた。体温計を脇に挟んでソファーへ座ると、アンがもたれ掛かってきた。黒崎が出かけたのが寂しいのだろう。

「寂しいんだね。俺も同じだよ。一緒に留守番をしようね。ほら、もうすぐ今日の占いが始まるよ。アンは8月2日生まれだから、しし座だね。今日はお義父さんの家に行けるよ。でも、今日は仕事に出ているんだって」

 アンに話しかけると、彼女が尻尾を振ってくれた。いつもなら黒崎が笑って見ていているのに、今日はそれがない。留守なのだと改めて感じた。

 そうしているうちに、占いのコーナーに移った。テレビ画面では、12匹のウサギが走って競争し始めた。一番にゴールをしたのは、射手座のウサギだった。

「射手座だ!黒崎さんの星座だよ!今日の仕事運は絶好調だってさ。黒崎さんは……、いないんだった」

 隣を向いても誰もいない。これは条件反射だ。そばにいることが当たり前になっている。気を紛らわそうと、脇に挟んだ体温計を取り出した。37.5度だ。平熱が低い自分にとっては高い方だ。

「ゆっくり寝ればいいや。明日の夜には治っているよ」

 今日は大学を休もう。悠人へラインを送り、授業のノートを頼んだ。黒崎には内緒にしておきたいけれど、かえって心配をかける。さっそく画面をタップすると、黒崎からのラインが入った。あまりのタイミングの良さに、不思議な力を持っているのかと思って、驚いてしまった。

 さっそくラインを開くと、『熱があるんじゃないのか?体温を計れ、今なら電話で話せるぞ』と書かれていた。このまま電話をかけると、空港アナウンスと、ざわめきが聞こえて来た。今日の出張にはお義父さんの秘書、村井さんが同行している。忙しそうだ。

「心配かけてごめんね。さっき気がついて計ったよ。37.5度。大学は休むよ」
「……気にするな。疲れが出たんだろう。近くに御園クリニックがあるから行け」
「うん。行ってくるよ……」
「……山崎さんに連絡しておく。親父の家で寝ていろ」
「夜からの約束だよ?」
「……遠慮すれば、親父と山崎さんが気にするぞ。その方が心配をかける」
「うん。ありがとう。そうするよ」
「……また昼に連絡する」

 電話が終わった後、頭がふらついてソファーへ座り込んだ。昨日は食欲がなくてあまり食べていない。黒崎が会食で遅くなり、昨日の晩御飯は、お茶漬けと、湯豆腐だけで済ませてしまった。しっかり食べないといけない。一息ついてキッチンへ行き、一口カステラを食べた。甘い物なら入る。こういう俺のことを、きっと黒崎にはお見通しだった。
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