上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 バッグから取り出したトラ顔のTシャツを、テーブルの上に広げた。そして、黒のマジックを使って書き込んだ。布だから引っかかって難しい。自分の字なのに判読不能だ。その代わりに、大きく書いた。

「……TDD、IKU、俺。……俺のことだよ!そのMIDSHIPと、こっちのTシャツ。ここで選べよ。俺のことが嫌いなの?」
「な、なつき……、そんな……」
「どっちを選んでも嫌わないよ。少し泣くけど、慰めてくれたらいい。俺のTシャツが選べないのかよー?」
「もう……。仕方ないねー……」
「うんうん。このデザイン、カッコいいだろ?」
「こっちにするよー!」

 悠人が俺のTシャツに両手を伸ばした。選んでくれたのかと、ホッとした。 さっそく、パーテーションの奥へ連れて行こうと促すと、悠人が俺のTシャツの裾を引っ張り、持ち上げてきた。一気に頭から引き抜かれそうになり、慌てて阻止した。

「これは、俺のTシャツだよ~~っ」
「俺のTシャツだろ?これを選んだよ!キミはそっちのTシャツを着ろよー。ひさやー、手伝ってよ」
「いやー、黒崎さんが怖いからやめておく」
「どっちかにしろよ~。転ぶって……」
「ひさやー、邪魔するなよー」
「わあ~~」

 悠人から脱がされかけて、久弥から裾を下ろされた。何度も繰り返すから、大きめサイズでも息苦しい。どっちかにしろよと逃げても追いかけて来るから、黒崎の後ろに隠れた。

「黒崎さーん、悠人が脱がすよ~……」
「お前の方が文字入りを着ておけ。今更だ。……こっちは汗をかいているぞ、いいのか?」
「はい、汗臭い方がいいです。慣れているので。ステージで……っ、……っ」
「よーし、俺の分を着ろよ」

 勢いよく脱いだ。それを悠人が受け取った後、パーテーションの奥へ走って行った。自分だけ向こうで着替えるのか?もちろん追いかけて行った。

「ゆうとー、こっちで着替えろよーー」
「恥ずかしいからだよ。肩の赤いヤツ、隠せよ。大きめだよ。もうーー」
「あ、あの……。ヒャーー」

 ここへ来る車の中で付けられていたのを忘れていた。今さら遅いのは、渇いた笑い声で知った。張本人のくせに。

 悠人が向こうで着替えている間に、俺はテーブルの前で着替えた。黒崎が笑わないから見上げると、とても優しい顔をしていた。さっそく文字をイジってきた。

「……個性的な字だ。何を書いているのか分からないから、良かったじゃないか。デザインの一部に見える」
「あんたの笑顔が救いだよ。ああーー、張り紙が飛んでいったよーー」

 セロテープの力が弱まっていた。相談コーナーから、漠然とした不安という紙が、理学部棟の向こうへ舞い飛んだ。蝶々さがしをした芝生へと。そこへ、悠人がパーテーションから出てきた。張り紙がなかったから驚いている。その様子に笑いが起きた。

「ゆうとー、漠然とした不安が飛んで行ったよ~」
「見たかったよー。夏樹、うん……」
「はいはい。早瀬さんの方へ行けよ。俺の方は後でいいから……」

 急に目頭が熱くなった。黒崎の胸元で拭いていると、悠人に背後から抱きつかれた。まるで、サンドイッチの具材になったかのようだ。
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