【完結】欠損アルファは、実験体のオメガを愛しすぎている

Marine

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# act6 僕の匂い【R18】

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 セシル先生が『ここにいなさい』と言ってくれてから、30分は経っただろうか。
 彼はずっと無言で後ろから抱きしめたままだ。
 ラゼルのフェロモンで強制発情させられた体は、先生の支配による絶頂でピークを越えて、徐々に落ち着きを取り戻していた。

 彼の鼓動と体温を背に感じながら、この時間がずっと続けばいいのにと願ってしまう。
 試験室はとても静かで、ゴウゴウと耳障りな音を立てていた換気システムが、いつの間にか止まっていることに気づいた。

 ふと、鼻先を柔らかい香りが掠めた。
 桃のようにフルーティーで、すこしミルキーな、体温を感じる匂い。
 それはとても淡く漂って、すぐに空気に溶けて消えてしまう。

「ユウくんの香りがするね」

 頭上から優しい声が落ちてきた。
 いつもの『セシル先生』の声。でも少しだけ抑えた熱が混ざっている。

「これ、もしかして……僕のフェロモン?」
「そうだよ、いつもアルファにかき消されている、君の香りだ」
「僕の……かおり」
「いい匂いだね。アルファは強い香水のような、暴力的な香りだけど、ユウくんのはもっと動物的で、温かい感じがする」
「……それって臭いってこと?」
「いや……」

 セシル先生は困ったように笑った。

「そそられるよ……とても」
 
 発情はアルファによってしか起こされない。そして、その時は彼らの強い香りによって、オメガの香りは消されている。
 
――初めて、自分の香りを知った。
 僕って、こんな匂いだったんだ。

 それは、ライブハウスの音が、ふと途切れた時に、誰かのハミングが聞こえるような、妙に懐かしい気持ちだった。

 こんな儚いフェロモンを褒めて貰えたことが嬉しくて、セシル先生の白衣に頬を押し付けた。――そのとき。
 彼の中で自分よりも早いリズムが鳴っているのを感じた。
 
――もしかして、もしかして。

 僕は顔を上げた。

――セシル先生には、僕のフェロモンが効くのかもしれない……!

 それは暗闇を照らす一条の光だった。
 もう30分も、彼は僕を離さない。後ろから抱きしめているのは、もしかして、無意識にでもフェロモンに吸い寄せられている?
 そうだとしたら、セシル先生らしからぬ『別のアルファの匂い』を気にする発言も、すべて辻褄が合う。

 それなら、行動に移すのは、今しかない。
 緊張で手の先が冷たくなってきた。

 ピピッ

 モニタリングバンドが小さく音を立てる。

「あれ、また心拍数が上昇している。どうしたの?」
「先生……」

――ごめんなさい、さっきあんなに反省したのに。
 やっぱり僕は……迷惑をかけても、困らせても、先生がほしい。

「……まだ、残っているみたいで」
「えっ」
「せんせ……」

 セシル先生の腕に掴まって身を起こし、ゆっくりと顔を近づけた。
 拒まれるかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうで……顔はきっと、泣きそうに歪んでいたに違いない。
 祈りのように近づいた唇は……その信仰の対象に届いた。
 触れ合ったことが信じられなくて目を開けると、彼も同様に目を見開いていた。
 
 どうしていいのか分からなくて、ちゅっ、ちゅっ、と、なんども唇を押し付ける。
 小鳥のようについばんでいると、セシル先生の手が僕の手首を掴んだ。

「……まだ、刷り込みが足りない?」

 低い声はその奥のマグマを予感させるほどに、熱を孕んで膨れていた。

「はい」

 震える声で、それでも答えた。今更なかったことにはできない。
 ふっと支えがなくなり、両肩が診察台についた。
 見上げると、檻のように自分を縫い留める彼の手があった。
 怖くは、なかった。だって満たして欲しかったから。

「もっと、先生をください」
「……ほんとに、君は……」

 声と共に彼の影が落ちてきて、震えて迎えた唇と、優しく溶け合った。
 しかし、それはすぐに離れて、思いがけずに軽い口調の言葉が彼の口から漏れた。

「はあ……キスしちゃったよ、どうする……?」

 セシル先生の目は熱を孕んでいるのに、少し笑っていて……彼がどういう感情なのかよくわからない。
 でも一つだけ……フェロモンが効いているんだ、ということは理解できた。

「もっと」

 白衣の袖を掴んで引き寄せると、セシル先生の瞳から笑みがすうっと引いていった。
 かわりに、奥で燃えていた熱が、それとわかるほどに顔を出す。

 試験室の白っぽい照明をセシル先生の頭が遮っていた。
 いつもの部屋で彼に押し倒されている。
 
 唇が再び重なった。柔らかい感触。しかし、それはさっきよりも熱くて……。
 舌が侵入してくるのを感じて、背筋が歓喜に震える。
 粘膜同士が触れ合うと、最初に感じたのは甘さだった。

「ん、んんっ……」

 声を出しながら、飢えた子猫がミルクを欲しがるように、彼を求めた。
 情熱的なのに温かくて、優しくて、こころがじわっと熱くなる。
 おずおずと差し出した舌をじゅっ、と吸われて、ぴくん、と自分の中の雌が反応する。
 舌が絡まりあう長いキスを終えた頃には、息がすっかり乱れていた。

「……ユウくん、発情反応が……どんどん上がってきている」

 僕はそれに答えられなかった。
 ただ、独り言のように呟いた。

「セシルせんせい……あまい」
「それは性的に興奮しているからだ。私も……君の唾液を甘く感じる」

――きっとオメガのフェロモンが効いているからだ。

 発情に呑み込まれそうになりながら、僕は自分の弱いフェロモンが届いたことが嬉しくなった。
 それなのに泣く時のような、切ない感情が心から湧き上がってきて、心がぐじゃぐじゃになっている。

 今はセシル先生の体の下にいるのに、まだ腕で囲われた空間には隙間がある。
 これをゼロにしないと。もっと密着したい。

「ほかの、とこも、甘い……?」

 僕は自らの服のボタンを外していった。
 モスグレイのリネンシャツを割って、白っぽい肌が見える。
 二つの突起はすでに立ち上がっていて、呼吸と共に上下していた。

 ピンと立っている乳首が空気に触れた瞬間、セシル先生の視線がそこに止まったのが分かった。
 なにもされていないのに、先端にじわじわと熱が集まってくる。
 セシル先生が顔を近づけて、舌を伸ばした。
 
「ひゃぁんっ」

 敏感になっていた先端は、軽く舐められただけでビリビリと快感を伝えてくる。

「うん、甘い」

 溶けそうな表情で一言だけ告げると、セシル先生は僕を抱き起した。

「駄目だよ、こんなこと」

 暴走する列車に急ブレーキをかけられて、キューンと大きな摩擦音が響く。
 でも、抱きしめられた胸は同じくらい熱くて、鼓動は追い抜かれそうに速かった。


 ※  ※  ※
 
――セシルside――

【観察記録:No.003(抜粋)】
本日、被験体は第2種ケアを強く希望し、接触による鎮静反応を示した。
フェロモン誘発のピーク時にも、対象の視線と生理反応は終始“私”に向けられていた。
※仮説:刷り込み対象が誘発フェロモン発生源ではない可能性
→ 次回実験にて再確認を行う。

【END】



 セシルはその仮説を書きこんだ指を見つめた。
  ……あの唇の、舌の柔らかさが、まだ指先に残っている。
 
 そして、口づけを交わしたユウの匂い、温度が。

「私は、なぜあんなことを……」

 その言葉はノートには記録されなかった。
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