【完結】29歳で「売れ残り」とお見合い勧告されましたが、裏では最強のアルファ部長が「運命だ」と逃がしてくれません

Marine

文字の大きさ
4 / 29

天空の檻①

しおりを挟む
 フロントガラスから見える信号が、赤から青に変わった。
 スムーズに走り出した車の後部座席で、俺の視線はぼんやりと霧雨に滲む夜の街を追っていた。

「……牧田。月曜日の午前中のアポだが」
「はい、資料は共有済みです」

 桐生部長は俺の隣に腰かけて、膝の上でノートパソコンを開いている。
 メールの通知音が、車内に響いた。
 
 淡々とした仕事の話。
 運転手には、週末の夜まで熱心に仕事をする上司と部下に見えているだろう。
 
 部長は片手で器用にノートパソコンを操作している。
 もう一方の手は、俺の手の甲を覆うように被さっていた。
 その重なった皮膚だけが異様に熱くて、心臓の音が聞こえるんじゃないかと怖くなった。


 三十分前の自分を殴ってやりたい。
 昼間はチャットで『飯を食いに行かないか?』と聞かれて『了解です』と答えたのに、
 『ホテルに行くぞ』と言われた時、断るチャンスはあったはずだ。
 体が……期待してしまったんだ。
 有無を言わせずタクシーに押し込まれる強引さに、どこかほっとしてしまった自分に気づいて、俺は唇を噛んだ。

 その間も、彼は俺の手の甲を、包み込むようにぎゅっと握っていた。
 視線はノートパソコンに据えたまま、硬い声で資料について話しているのに――手だけは、俺の中指を拾い上げ、そっと撫でてくる。

 耳からは冷たい業務連絡。
 なのに、指先からは甘くて熱い旋律が、静かに流れ込んでくる。

 ……俺の脳は、バグっていたのかもしれない。

 彼が催促するように、爪の先をきゅっとつまむ。
 耐えきれず、俺はそっと手のひらを上に向けた。

 その隙を逃さず、彼の指がすべり込み、恋人のように絡んできた。
 ぴたりと噛み合った指先――そこだけが、熱を帯びて脈打っているようだった。


 運転手がハンドルを切った。
 そういえば、やけに遠い。ミルクを飲むだけだから、近くのビジネスホテルかと思っていたのに。
 このタクシーに押し込められたとき、行き先を聞き逃してしまった。


 車はやがて、都心のど真ん中――煌びやかな高層ビルのロータリーに滑り込んだ。
 夜でも煌々と照らされたエントランス。
 いかにも格式の高そうな制服を着たドアマンが二人、すぐさまこちらに駆け寄ってくる。

――嘘、だろ……?

 無機質なビジネスホテルを想像していた俺は、場違いなスーツ姿のまま立ち尽くした。
 吹き抜けのガラスの向こうには、巨大なシャンデリアと大理石の床。
 優美なアレンジメントが飾られたエントランスロビーは、映画の中の世界のようだった。

 周囲にいるのは高級ブランドに身を包んだ外国人観光客や、モデルのようなカップルばかり。
 どう見ても、俺の居場所じゃない。

 桐生部長は支払いを済ませてタクシーから降り、ドアマンに軽く会釈を返している。
 颯爽と歩く姿は、まるでこの空間の一部みたいに馴染んでいた。

 俺が一歩も動けずにいると、後ろからきた彼が、そっと背を支えた。

「行くぞ」

 チェックインを済ませて、ベルボーイに案内されてエレベーターに乗った。
 廊下には足が沈むほどのふかふかの絨毯。エレベーターはシックで美しく、高級なチョコレートの箱のようだった。
 ベルボーイが一番上のボタンを押す。53の数字が煌々と光った。
 
――こんな場所で……もしかして、ロッカールームの続きを……?

 高速エレベーターが動き出す。急上昇に耳がツンとなった。
 ふと、強い視線に顔を上げると、桐生部長がこちらを見ている。
 
 目が合うと、ほこりを取るかのような仕草で、髪をつまんだ。
 顔がぐっと近づき、低い声が耳元で囁く。

「何を考えている? ……部屋で俺に抱かれることか?」

 その瞬間、首筋にきゅうんっと痛みが走った。
 そして、熱い……フェロモンが染み出す感覚。
 彼の鼻が、すん、と鳴った。

「……匂いは正直だな。気づかれるぞ」

 ベルボーイの背を見ながら、俺は駆け上がっていく鼓動を、どうしようもできないでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...