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# act30.王の最後②
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「ほら、立て。まだ仕事が残っているぞ」
シグルドの容赦ない力が加わり、バルガスの身体が宙に浮き上がる。
「ひ、ひぃっ……や、やめろ……乱暴はするな! わ、わかった、言う通りにする、するから……!」
王は操り人形のようにフラフラしていたが、「ちゃんと立て!」と背を蹴られて、慌てて両足を踏ん張った。
「浄化の儀はどこで執り行うんだ」
「に、西の離宮だ」
メリザンドの瞳が僅かに曇った。だが、すぐに凛とした表情で、心配そうに覗き込んできたアレクセイに微笑んで見せた。
「行きましょう」
王宮から西の離宮まではかなり距離がある。
その間に、騎士や兵士、文官などの目に触れる機会はいくらでもある。
バルガスの顔にいやらしい笑みが浮かんだ。
それに先ほど、玉座の裏にある緊急用のボタンは押した。
近衛騎士団はアレクセイの配下にあるかもしれないが、王宮騎士団や武官たちがそろそろ駆けつけてくるころだろう。
「殿下!」
駆け込んできた騎士の胸には、王宮騎士団の紋章。
バルガスの顔には、醜い歓喜が爆発した。
(ははは! 来た! 遅かったではないか! さあ、この反逆者共を捕らえろ! メリザンドを奪い返せ!)
「ここだ! 儂はここにおるぞ! 早くこの男を――」
バルガスが叫び終える前に、その騎士はバルガスなど視界にないかのように通り過ぎ、アレクセイの前で完璧な臣下の礼をとった。
「報告します。王宮内の制圧、完了しました」
「抵抗勢力は?」
「おりません。近衛騎士団、並びに王宮警備隊はすべて、殿下の指揮下に入りました」
バルガスの叫びが、虚しく宙に消えた。
「殿下」と呼ばれたのは自分ではなく、目の前の「銀狼の騎士」だったのだ。
「お、王宮騎士団にまで裏切者が……?」
何度も新たな絶望に塗り替えられるバルガスの表情は、傍から見ると滑稽ですらあった。
アレクセイは耐えかねたようにため息をついた。
「まだ分からないのか……この十年、私がただの騎士として漫然と過ごしていたとでも? 近衛騎士団、並びに王宮騎士団の主要なポストは、すでに私に忠誠を誓う者たちで埋まっている」
「ば、馬鹿な……! フェンリシアが国を挙げて内政干渉したというのか! 国際問題になるぞ!」
「国? 勘違いするな」
アレクセイは冷ややかに笑った。
「私はフェンリシアの第七王子に過ぎない。軍を動かす権限など持っていない」
「な……第七、だと? たかが末席の王子風情が、儂の国を……!」
「そう、その『たかが』一人に、お前は足元を掬われたのだ。……お前の怠惰や傲慢さに辟易していた騎士たちは、喜んでお前ではなく私を選んだ。それだけのことだ」
「……、……ッ!」
バルガスは血の気が引いた顔で、周囲の騎士たちを見回した。
自分を守る盾だと思っていた銀の鎧。その中身は、自分を「獲物」として監視し続けていた銀狼の兵たちだった。
「さあ、西の離宮へ行こう。……お前が十年かけて溜め込んできた、その穢れを、責任をもって焼き払ってもらう」
玉座の間から出て、長い廊下を通り、中庭に出た。
その間も目にするのはアレクセイに最敬礼する騎士ばかりだった。
文官や武官たちは中庭の一角に集められていて、驚いた様子でこちらを見つめていた。
見事な制圧だった。血の跡もなく、ほとんど争った様子も見られない。
アレクセイが玉座の間に入ると同時に、一気に攻め込まれたのだろう。
内部と外部の統率が取れていては、ひとたまりもない。
しかし、まだチャンスはある。
バルガスは必死に頭を動かした。なんとしてでも生き延びなければ。
それが王としての儂の務めだ。国はどうなってもいい。国民も、武官や文官たちも。
しかし儂だけは生き延びなければならない。
(浄化の儀はこの国の王族しか行えない……!)
浄化の儀とは大結界の穢れを己の生命力で焼き払い、その浄化作用を取り戻すものだ。
まだ自分には価値がある。これは交渉材料になる。
(そうだ、儂が儀式をしなければこの国は滅ぶ。アレクセイとて、荒廃した国を手に入れても意味はなかろう。適当に浄化をして見せれば、命ばかりか、王の座すら守れるやもしれん)
もう西の離宮は目の前だった。
メリザンドは視線を逸らすことなく、それをじっと見つめていた。
その気高い表情に、バルガスはどす黒い殺意を覚えた。
(この女が、ずっとここに大人しく座っておればよかったものを。……後で必ず、地獄を見せてくれる)
バルガスは離宮の重い扉を前に、強引に足を止めた。
そしてシグルドに襟首を掴まれたままでも、彼は必死に王としての威厳を繕うように声を張り上げた。
「アレクセイ! 聞け! 浄化の儀は儂にしかできん。儂の生命力があってこそ、この国は救われるのだ。浄化の儀が終わったら、儂を王のままにしてくれ。そうしなければまた十年後にこの大結界は詰まり、王宮、ひいては王都に毒が逆流してくる。フェンリシアの属国になることを約束するから、儂の地位だけは保証してくれ」
「保証……か」
アレクセイの表情に哀れみが浮かんだ。
まるで精神がおかしくなってしまった人が、自分を王と勘違いして喚いているのを見るような。
「いいだろう。開けろ」
その言葉に、バルガスの顔に満面の笑みが浮かんだ。
「約束を反故にするなよ。確かに聞いたからな」
バルガスの両手を扉に押し当てると、王族の魔力に呼応するように、扉がゆっくりと開いた。
シグルドの容赦ない力が加わり、バルガスの身体が宙に浮き上がる。
「ひ、ひぃっ……や、やめろ……乱暴はするな! わ、わかった、言う通りにする、するから……!」
王は操り人形のようにフラフラしていたが、「ちゃんと立て!」と背を蹴られて、慌てて両足を踏ん張った。
「浄化の儀はどこで執り行うんだ」
「に、西の離宮だ」
メリザンドの瞳が僅かに曇った。だが、すぐに凛とした表情で、心配そうに覗き込んできたアレクセイに微笑んで見せた。
「行きましょう」
王宮から西の離宮まではかなり距離がある。
その間に、騎士や兵士、文官などの目に触れる機会はいくらでもある。
バルガスの顔にいやらしい笑みが浮かんだ。
それに先ほど、玉座の裏にある緊急用のボタンは押した。
近衛騎士団はアレクセイの配下にあるかもしれないが、王宮騎士団や武官たちがそろそろ駆けつけてくるころだろう。
「殿下!」
駆け込んできた騎士の胸には、王宮騎士団の紋章。
バルガスの顔には、醜い歓喜が爆発した。
(ははは! 来た! 遅かったではないか! さあ、この反逆者共を捕らえろ! メリザンドを奪い返せ!)
「ここだ! 儂はここにおるぞ! 早くこの男を――」
バルガスが叫び終える前に、その騎士はバルガスなど視界にないかのように通り過ぎ、アレクセイの前で完璧な臣下の礼をとった。
「報告します。王宮内の制圧、完了しました」
「抵抗勢力は?」
「おりません。近衛騎士団、並びに王宮警備隊はすべて、殿下の指揮下に入りました」
バルガスの叫びが、虚しく宙に消えた。
「殿下」と呼ばれたのは自分ではなく、目の前の「銀狼の騎士」だったのだ。
「お、王宮騎士団にまで裏切者が……?」
何度も新たな絶望に塗り替えられるバルガスの表情は、傍から見ると滑稽ですらあった。
アレクセイは耐えかねたようにため息をついた。
「まだ分からないのか……この十年、私がただの騎士として漫然と過ごしていたとでも? 近衛騎士団、並びに王宮騎士団の主要なポストは、すでに私に忠誠を誓う者たちで埋まっている」
「ば、馬鹿な……! フェンリシアが国を挙げて内政干渉したというのか! 国際問題になるぞ!」
「国? 勘違いするな」
アレクセイは冷ややかに笑った。
「私はフェンリシアの第七王子に過ぎない。軍を動かす権限など持っていない」
「な……第七、だと? たかが末席の王子風情が、儂の国を……!」
「そう、その『たかが』一人に、お前は足元を掬われたのだ。……お前の怠惰や傲慢さに辟易していた騎士たちは、喜んでお前ではなく私を選んだ。それだけのことだ」
「……、……ッ!」
バルガスは血の気が引いた顔で、周囲の騎士たちを見回した。
自分を守る盾だと思っていた銀の鎧。その中身は、自分を「獲物」として監視し続けていた銀狼の兵たちだった。
「さあ、西の離宮へ行こう。……お前が十年かけて溜め込んできた、その穢れを、責任をもって焼き払ってもらう」
玉座の間から出て、長い廊下を通り、中庭に出た。
その間も目にするのはアレクセイに最敬礼する騎士ばかりだった。
文官や武官たちは中庭の一角に集められていて、驚いた様子でこちらを見つめていた。
見事な制圧だった。血の跡もなく、ほとんど争った様子も見られない。
アレクセイが玉座の間に入ると同時に、一気に攻め込まれたのだろう。
内部と外部の統率が取れていては、ひとたまりもない。
しかし、まだチャンスはある。
バルガスは必死に頭を動かした。なんとしてでも生き延びなければ。
それが王としての儂の務めだ。国はどうなってもいい。国民も、武官や文官たちも。
しかし儂だけは生き延びなければならない。
(浄化の儀はこの国の王族しか行えない……!)
浄化の儀とは大結界の穢れを己の生命力で焼き払い、その浄化作用を取り戻すものだ。
まだ自分には価値がある。これは交渉材料になる。
(そうだ、儂が儀式をしなければこの国は滅ぶ。アレクセイとて、荒廃した国を手に入れても意味はなかろう。適当に浄化をして見せれば、命ばかりか、王の座すら守れるやもしれん)
もう西の離宮は目の前だった。
メリザンドは視線を逸らすことなく、それをじっと見つめていた。
その気高い表情に、バルガスはどす黒い殺意を覚えた。
(この女が、ずっとここに大人しく座っておればよかったものを。……後で必ず、地獄を見せてくれる)
バルガスは離宮の重い扉を前に、強引に足を止めた。
そしてシグルドに襟首を掴まれたままでも、彼は必死に王としての威厳を繕うように声を張り上げた。
「アレクセイ! 聞け! 浄化の儀は儂にしかできん。儂の生命力があってこそ、この国は救われるのだ。浄化の儀が終わったら、儂を王のままにしてくれ。そうしなければまた十年後にこの大結界は詰まり、王宮、ひいては王都に毒が逆流してくる。フェンリシアの属国になることを約束するから、儂の地位だけは保証してくれ」
「保証……か」
アレクセイの表情に哀れみが浮かんだ。
まるで精神がおかしくなってしまった人が、自分を王と勘違いして喚いているのを見るような。
「いいだろう。開けろ」
その言葉に、バルガスの顔に満面の笑みが浮かんだ。
「約束を反故にするなよ。確かに聞いたからな」
バルガスの両手を扉に押し当てると、王族の魔力に呼応するように、扉がゆっくりと開いた。
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