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「……というわけで、お父様。私は今日をもって婚約を破棄され、おまけに王宮からも追放されることになりました。今までお世話になりました」
実家であるローゼライト公爵家の応接室。
私は淡々と、しかし晴れやかな笑顔で父に報告した。
目の前では、公爵家当主である父が、がっくりと膝をついて床を叩いている。
その背後では、兄がハンカチを噛み締めてプルプルと震えていた。
「ああ、なんてことだ……。我が家の宝、ヴェールが追放だと? あの馬鹿王子、ついに正真正銘の馬鹿になったのか!?」
「お父様、言葉が漏れています。それから宝というのは何かの間違いです。私は何の取り柄もない、ただのツッコミ役ですよ」
「それが宝なんだよ! お前がいなくなったら、誰が私の『一発ギャグ』を冷めた目で切り捨ててくれるんだ! 誰が兄さんの『自分に酔いすぎたポエム』をゴミ箱に直行させてくれるんだ!」
「……あの、お父様。一応確認ですけど、私が家を出るのを悲しんでいる理由は、家族愛ではなく『自分たちの奇行を止める人間がいなくなるから』ということでよろしいですか?」
私がジト目で問い詰めると、父と兄は同時に顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
「当たり前だろう! お前がいなければ、この家はボケの飽和状態で爆発してしまう!」
「ヴェール、行かないでくれ! 僕の新作ポエム『月夜に濡れる僕の鎖骨』が、まだ未評価なんだ!」
「今すぐその鎖骨ごと粉砕して差し上げましょうか、お兄様。あと、そのポエムのタイトルを聞いただけで、私の三半規管が拒絶反応を起こしています」
私は深いため息をつき、手際よく荷物をまとめていく。
「何の取り柄もない」はずの私だが、この家族に揉まれて育ったおかげで、荷造りのスピードと整理整頓の能力だけは異常に発達していた。
「とにかく、もう決まったことです。アシュレイ殿下からは『二度とその面を見せるな』と直々に言われましたから。これはもう、実質的な自由の獲得ですよ」
「自由だと!? 追放は名誉毀損だ! 今すぐ王宮に抗議のデモ……いや、ボケの集団登城を仕掛けてやる!」
「やめてください。国家反逆罪どころか、歴史に残る恥晒しになります。お父様たちは、今まで通り家の中でひっそりとボケ倒していてください」
私がトランクを閉めた時、タイミングよく執事が部屋に入ってきた。
「ヴェールお嬢様。お迎えの方がいらっしゃいました」
「お迎え? ゴミ収集車かしら。それとも私を捕らえに来た衛兵?」
「……いえ、シリル騎士団長閣下でございます」
執事の言葉と同時に、廊下からカツカツと規則正しい足音が聞こえてきた。
現れたのは、昨日私をスカウトした銀髪の騎士。
シリル卿は、相変わらず感情の読めない鉄面皮でそこに立っていた。
「準備はいいか、ヴェール嬢。騎士団の馬車を外に待たせてある」
「……本気だったんですね、シリル卿。騎士団にツッコミ役なんて、給料泥棒になる自信しかありませんよ」
「謙遜するな。君の能力は、すでに我々の間で『聖剣以上のキレ味』と噂されている」
「誰ですかそんな物騒な噂を流したのは。研いでもいないのに指が切れそうじゃないですか」
シリル卿の言葉に、父と兄が食いついた。
「お、おい! 騎士団長! うちのヴェールをどこへ連れて行くつもりだ!」
「騎士団の寮です。彼女には、我が団の風紀を正す……もとい、隊員たちの『脳内環境の整備』を任せることにしました」
「なんだそのホワイトな響きを装ったブラックな職種は! ヴェール、行っちゃダメだ! お父様の『朝の挨拶代わりのダジャレ』はどうなるんだ!」
父が私のスカートの裾にすがみつく。
シリル卿はそれを見て、眉一つ動かさずに言った。
「公爵閣下。彼女は、王宮という狭い場所で埋もれる器ではない。彼女のツッコミは、より多くの……具体的には、ボケすぎて収拾のつかない我が隊員たちのために振るわれるべきだ」
「格好いいこと言ってますけど、要するに『面倒くさいやつらの相手を押し付けたい』だけですよね?」
私がツッコむと、シリル卿の頬がほんのわずかにピクりと動いた。
笑いを堪えている証拠だ。
「……否定はしない。だが、君ならできる。昨日、あの王子のチャックを指摘した時の君は、女神のように神々しかった」
「女神に対して失礼ですよ。どこの世界にチャックを指摘する女神がいるんですか」
「ここにいる」
シリル卿は真顔で、私の手を取った。
その手の熱さに、一瞬だけ心臓が跳ねる。
……いや、これはきっと、この後の仕事への不安のせいだ。
「行こう。君の新しい戦場(しごとば)へ」
「……分かりましたよ。お父様、お兄様。たまには様子を見に来ますから、それまで家を壊さないでくださいね」
「ヴェーーーール!! お前の『冷たい視線』がないと、僕の鎖骨が乾いてしまうよぉー!!」
お兄様の支離滅裂な叫びを背に、私は公爵家を後にした。
国外追放どころか、実家からの解放。
けれど、向かう先は「王国最強のボケ集団」が待つ騎士団寮。
私はトランクを握り直し、隣を歩く無愛想な騎士をチラリと見た。
(この人、さっきから私の手を離すタイミング、完全に見失ってるわよね……?)
そんな小さなツッコミを胸にしまい込み、私は馬車へと乗り込んだ。
私の「取り柄のない」人生の第二章が、今、猛烈なスピードで走り出した。
実家であるローゼライト公爵家の応接室。
私は淡々と、しかし晴れやかな笑顔で父に報告した。
目の前では、公爵家当主である父が、がっくりと膝をついて床を叩いている。
その背後では、兄がハンカチを噛み締めてプルプルと震えていた。
「ああ、なんてことだ……。我が家の宝、ヴェールが追放だと? あの馬鹿王子、ついに正真正銘の馬鹿になったのか!?」
「お父様、言葉が漏れています。それから宝というのは何かの間違いです。私は何の取り柄もない、ただのツッコミ役ですよ」
「それが宝なんだよ! お前がいなくなったら、誰が私の『一発ギャグ』を冷めた目で切り捨ててくれるんだ! 誰が兄さんの『自分に酔いすぎたポエム』をゴミ箱に直行させてくれるんだ!」
「……あの、お父様。一応確認ですけど、私が家を出るのを悲しんでいる理由は、家族愛ではなく『自分たちの奇行を止める人間がいなくなるから』ということでよろしいですか?」
私がジト目で問い詰めると、父と兄は同時に顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
「当たり前だろう! お前がいなければ、この家はボケの飽和状態で爆発してしまう!」
「ヴェール、行かないでくれ! 僕の新作ポエム『月夜に濡れる僕の鎖骨』が、まだ未評価なんだ!」
「今すぐその鎖骨ごと粉砕して差し上げましょうか、お兄様。あと、そのポエムのタイトルを聞いただけで、私の三半規管が拒絶反応を起こしています」
私は深いため息をつき、手際よく荷物をまとめていく。
「何の取り柄もない」はずの私だが、この家族に揉まれて育ったおかげで、荷造りのスピードと整理整頓の能力だけは異常に発達していた。
「とにかく、もう決まったことです。アシュレイ殿下からは『二度とその面を見せるな』と直々に言われましたから。これはもう、実質的な自由の獲得ですよ」
「自由だと!? 追放は名誉毀損だ! 今すぐ王宮に抗議のデモ……いや、ボケの集団登城を仕掛けてやる!」
「やめてください。国家反逆罪どころか、歴史に残る恥晒しになります。お父様たちは、今まで通り家の中でひっそりとボケ倒していてください」
私がトランクを閉めた時、タイミングよく執事が部屋に入ってきた。
「ヴェールお嬢様。お迎えの方がいらっしゃいました」
「お迎え? ゴミ収集車かしら。それとも私を捕らえに来た衛兵?」
「……いえ、シリル騎士団長閣下でございます」
執事の言葉と同時に、廊下からカツカツと規則正しい足音が聞こえてきた。
現れたのは、昨日私をスカウトした銀髪の騎士。
シリル卿は、相変わらず感情の読めない鉄面皮でそこに立っていた。
「準備はいいか、ヴェール嬢。騎士団の馬車を外に待たせてある」
「……本気だったんですね、シリル卿。騎士団にツッコミ役なんて、給料泥棒になる自信しかありませんよ」
「謙遜するな。君の能力は、すでに我々の間で『聖剣以上のキレ味』と噂されている」
「誰ですかそんな物騒な噂を流したのは。研いでもいないのに指が切れそうじゃないですか」
シリル卿の言葉に、父と兄が食いついた。
「お、おい! 騎士団長! うちのヴェールをどこへ連れて行くつもりだ!」
「騎士団の寮です。彼女には、我が団の風紀を正す……もとい、隊員たちの『脳内環境の整備』を任せることにしました」
「なんだそのホワイトな響きを装ったブラックな職種は! ヴェール、行っちゃダメだ! お父様の『朝の挨拶代わりのダジャレ』はどうなるんだ!」
父が私のスカートの裾にすがみつく。
シリル卿はそれを見て、眉一つ動かさずに言った。
「公爵閣下。彼女は、王宮という狭い場所で埋もれる器ではない。彼女のツッコミは、より多くの……具体的には、ボケすぎて収拾のつかない我が隊員たちのために振るわれるべきだ」
「格好いいこと言ってますけど、要するに『面倒くさいやつらの相手を押し付けたい』だけですよね?」
私がツッコむと、シリル卿の頬がほんのわずかにピクりと動いた。
笑いを堪えている証拠だ。
「……否定はしない。だが、君ならできる。昨日、あの王子のチャックを指摘した時の君は、女神のように神々しかった」
「女神に対して失礼ですよ。どこの世界にチャックを指摘する女神がいるんですか」
「ここにいる」
シリル卿は真顔で、私の手を取った。
その手の熱さに、一瞬だけ心臓が跳ねる。
……いや、これはきっと、この後の仕事への不安のせいだ。
「行こう。君の新しい戦場(しごとば)へ」
「……分かりましたよ。お父様、お兄様。たまには様子を見に来ますから、それまで家を壊さないでくださいね」
「ヴェーーーール!! お前の『冷たい視線』がないと、僕の鎖骨が乾いてしまうよぉー!!」
お兄様の支離滅裂な叫びを背に、私は公爵家を後にした。
国外追放どころか、実家からの解放。
けれど、向かう先は「王国最強のボケ集団」が待つ騎士団寮。
私はトランクを握り直し、隣を歩く無愛想な騎士をチラリと見た。
(この人、さっきから私の手を離すタイミング、完全に見失ってるわよね……?)
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