わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ

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揺れる馬車の中、私は対面に座るシリル卿を観察していた。


銀色の髪をきっちりと整え、彫刻のように整った顔打ちは微動だにしない。
腰に帯びた聖剣の鞘が、馬車の振動に合わせて時折カタカタと鳴る。


この男、王国最強の騎士団長でありながら、私の「ツッコミ」をスカウトするという暴挙に出た。
今のところ、彼の目的が「本気で団の風紀を正したい」のか「単に私のツッコミを特等席で聞きたいだけ」なのか、判別がつかない。


「……シリル卿、さっきから無言で私を見つめるのはやめていただけます? まるで、これから解体される高級食材を見るような目ですよ」


「……失礼。君のような人材が、本当に我が騎士団に来てくれるのかと、まだ夢を見ているような気分なのだ」


「夢ならもっとキラキラした、可愛い妖精さんでも出してください。私はただの、婚約破棄されたばかりの不運な令嬢ですよ」


「いや、君は妖精よりもずっと希少だ。あの王子の意味不明な言動に、あそこまで的確な速度で反応できる人間は他にいない」


シリル卿は真面目な顔で、とんでもないことを言う。
馬車が騎士団の居住区近くの賑やかな通りに差し掛かったところで、彼は不意に御者に停車を命じた。


「……どうしたんですか? 忘れ物でも?」


「これから生活するにあたって、君の身の回りの品を揃える必要があるだろう。ここは市場だ。必要なものがあれば言ってくれ」


私たちは馬車を降り、人混みで賑わう市場の通りを歩き始めた。
銀鎧を纏った騎士団長と、地味ながらも品のあるドレスを着た公爵令嬢。
道ゆく人々が「何事だ?」という顔でこちらを振り返る。


「……目立ちますね。シリル卿、その鎧、脱いでこれませんか? 光を反射しすぎて、隣を歩いている私の視細胞が悲鳴を上げています」


「我慢してくれ。これが私の正装であり、君を守る盾だ」


「盾以前に、太陽光の増幅装置になっていますよ。あと、さっきから後ろでひそひそ話しているおば様たちが、私を『騎士団長がさらってきた生贄』だと思って怯えています」


私が淡々と言うと、シリル卿はまたしても「ぷっ」と頬を膨らませた。
必死に笑いを堪えているようだが、肩の震えが隠せていない。


「……ふふ、生贄か。たしかに、騎士団という魔窟へ連れて行くという意味では、間違いではないかもしれない」


「笑い事じゃないですよ。大体、あのアシュレイ殿下だって、最初はあんなに酷くなかったんです。いつからあんな、歩くボケ製造機になってしまったのか……」


私は、長年溜まっていた鬱憤を吐き出すように語り始めた。


「聞いてくださいよ。あの方、先日は『ヴェール、私は月になりたい』とか言い出して、一晩中テラスから身を乗り出して黄色いペンキを体中に塗りたくっていたんですよ? 私が『月になる前に、不審者として捕まりますよ』とツッコまなかったら、今頃王立の牢屋で光り輝いていたはずです」


シリル卿の足が、ピタリと止まった。


「……黄色い、ペンキを?」


「ええ。それだけじゃありません。昨年の私の誕生日には『君の瞳の中に住みたい』と言って、私の瞳を巨大なキャンバスに描かせたんです。でも、出来上がったのは、巨大なイカの目みたいな気味の悪い絵でした。私は『これ、私へのプレゼントじゃなくて呪いの道具ですよね?』と、丁重に突き返しましたけど」


シリル卿は、口元を両手で覆い、ガタガタと震え出した。
その目はすでに涙で潤んでいる。


「な、……っ、は、はは……っ! イカの、目……っ!」


「まだあります。リリアン様を連れてきた時も、『彼女は天使の生まれ変わりだ!』と紹介されたんですが、そのリリアン様が背中に鳥の羽根をボンドで直付けしていて……。私は『天使じゃなくて、ただの自傷癖のある鳥人間ですよ』と教えてあげたのに、殿下は『愛の翼が見えないのか!』って逆ギレするんですから。もう、お話になりません」


「く……っ、ははははは! 鳥人間! ボンドで直付け……っ! はははははは!!」


ついに耐えきれなくなったのか、シリル卿は市場のど真ん中で爆笑し始めた。
あの「鉄壁の騎士団長」が、腹を抱えて膝をつき、地面を叩きながら笑っている。
周囲の買い物客たちが、驚愕の表情で足を止める。


「……ちょっと、シリル卿。恥ずかしいから立ってください。騎士の威厳が、市場の地面に同化して消え去っていますよ」


「む、……無理だ……。ヴェール、君、……君は最高だ……っ! ははは! 腹が……腹がよじれる……っ!」


「よじれる前に立ってください。それから、その『最高だ』という言葉、告白のつもりならもっとロマンチックな場所で、せめて笑い転げていない時に言ってくださいませんか?」


「ひ、ひぃ……っ、はははは!」


シリル卿は、しばらく立ち上がることができなかった。
まさか、王国最強の騎士が「私の愚痴」という名の弾丸で、ここまで完膚なきまでに叩きのめされるとは思わなかった。


「……全く。殿下も殿下なら、この人もこの人ね。どいつもこいつも、ツッコミ待ちの欠陥品ばかりだわ」


私は呆れ果てて空を見上げた。
どうやら、この騎士団生活は、思っていたよりもずっと私の喉を酷使することになりそうだ。


「……行こう、ヴェール。君を、私の騎士団へ。……いや、私の『一番近く』へ」


ようやく立ち上がったシリル卿は、目尻に涙を浮かべたまま、それでも今までで一番優しく微笑んだ。
その笑顔は、市場のどんな宝石よりも眩しくて。


(……この人、笑うと結構いい男じゃないの)


なんて、そんな不覚なツッコミを飲み込みながら、私は彼が差し出した手を取った。
最強の騎士が、私の最強の「観客」になった瞬間だった。
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