わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ

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「……シリル卿。今、騎士団の正門前で、頭にバナナを乗せたまま『私は太陽の化身!』と叫びながらタップダンスを踊っている女性がいるのですが。……あれ、不審者として通報してよろしいでしょうか?」


王子の「オペレーション・ツッコミ」が決行される直前。
騎士団の監視塔から外を眺めていた私は、あまりの視覚的暴力に、手に持っていた湯呑みを落としそうになった。


シリル卿は、望遠鏡を覗き込みながら、肩を激しく上下させている。


「……ヴェール嬢。……報告によれば、あれは聖女リリアン様だ。……どうやら、最近アシュレイ殿下が君のことばかり口にするものだから、『注目されたい欲』が限界突破して、ついに理性のタガが外れたらしい」


「理性のタガどころか、生物としての境界線を超えていませんか? なぜバナナなんですか。太陽を象徴するなら、せめてオレンジとか、ひまわりとか、もっとこう……まともな選択肢があったはずでしょう。なぜよりによって、南国情緒あふれる可食部多めの果実を選んだんですか」


「……ぷっ。……彼女いわく、『バナナの曲線美こそが、慈愛に満ちた聖女の微笑みを表現するのに最適』だそうだ」


「その微笑み、剥いたら中身はただの糖分ですよ。……あ、見てください。アシュレイ殿下が到着しました。……カピバラに乗って」


大通りの向こうから、のんびりと歩く巨大なカピバラに跨り、生ハムのマントをたなびかせたアシュレイ王子が現れた。
その背後には、頭にバナナを載せた聖女がタップダンスで追従している。
……地獄だ。ここが王都の目抜き通りだなんて、神様も仏様も、ついでに歴代の国王陛下も泣いて逃げ出すレベルの地獄絵図だ。


「ヴェーーーール! 見ているか! これが私の新境地だ! そして見よ、このリリアンの『自然との調和』を!」


王子がカピバラの上で胸を張る。カピバラは「きゅう」と鳴いて、重たそうに首を垂れた。


「……殿下。まず、そのカピバラから降りてください。動物虐待で訴えられたいんですか? それからリリアン様、そのバナナ。さっきからタップダンスの振動で、徐々に右耳の方へスライドしていますよ。太陽が沈みかけていますけど、大丈夫ですか?」


私は塔の上から、拡声の魔導具を使って冷ややかに言い放った。


「ヴェール様ぁ! 私の輝きが見えないんですの!? あしゅれい様は、私のこの『黄金の冠』を絶賛してくださいましたわ!」


「黄金の冠じゃなくて、ただの完熟間近の果物です。あと、そのバナナに付いているシール、剥がし忘れていますよ。『特選・甘熟王』って書いてありますけど、それはあなたの称号ですか? それとも品種ですか?」


「……っ! あ、あしゅれい様! ヴェール様が私のファッションを品種呼ばわりしますのぉー!」


リリアンが頭を振り乱して泣きついたせいで、ついにバナナが地面に落下した。
すかさず、王子の乗っていたカピバラがそれをモシャモシャと食べ始める。


「ああっ! 私のカピバラが、聖女の魂を食べている!」


「殿下、それは魂じゃなくておやつです。……シリル卿、今すぐ騎士団の門を開けてください。これ以上放置したら、王家の威信がこの街の排水溝に流れ出して、二度と回収できなくなります」


「了解した。……はは、ははははは! 『甘熟王』……っ! ヴェール、君は本当に……っ!」


シリル卿は笑いすぎて呼吸困難になりながらも、門を開けるよう指示を出した。


私は階段を駆け下り、門の前で立ち往生している「カピバラ王子」と「バナナ喪失聖女」の前に立った。
周囲には、あまりの珍光景に足を止めた市民たちが、お通夜のような顔で静守している。


「殿下。……一分以内に、その生ハムのマントを脱いでください。脂でドレスの裾が汚れたら、クリーニング代として王宮の予算を三割カットさせますよ。……リリアン様も、予備のバナナを懐から取り出そうとするのはやめてください。ここは市場じゃありません」


「ヴェ、ヴェール……。お前、相変わらず冷たいな。……だが、そのキレのあるツッコミ……やはり、お前がいないと私の人生は成立しないのだ!」


「成立しなくて結構です。……いいですか、殿下。私が王宮に戻らない理由はただ一つ。……『あなたのボケが、私の許容範囲を時速五百キロで突破したから』です。これ以上あなたの相手をしたら、私の語彙力が絶滅して、最終的に『死ね』としか言えなくなりますよ」


「な、な……っ!!」


王子は生ハムを翻し、ショックでカピバラから転げ落ちた。


「あしゅれい様ぁ! 大丈夫ですわ、私がお歌を歌って癒やして差し上げます! ……バナナは~♪ 南国の~♪ 聖女の~♪ こころぉ~♪」


「…………シリル卿。今すぐ、あの聖女を無菌室に隔離してください。耳から入った毒が、私の脳に直接ダメージを与えています」


「……ふぅ、……。善処しよう。……だがヴェール、君のおかげで、今日の騎士団の訓練は中止だな。……これ以上の『笑いの波状攻撃』には、我が精鋭たちも耐えられそうにない」


シリル卿は、膝をついて爆笑する騎士たちを見渡し、困ったように、けれど幸せそうに微笑んだ。


聖女リリアンの「闇堕ち(という名の迷走)」は、こうして王子の作戦をさらなる泥沼へと引きずり込んでいった。
私の戦いは、これからが本番のようだった。
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