婚約破棄、感謝いたしますわ!節約狂いの悪役令嬢、浮いた婚約維持費で領地を救う

小梅りこ

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王都の端、かつての華やかさが嘘のような薄暗い共同住宅。
そこが、元男爵令嬢ルルナ・ルフォールの「新しい領地」となった。

広さは畳三畳分ほど。窓は建付けが悪く、すきま風が容赦なく入り込む。
ルルナは、安物の麻袋を繋ぎ合わせたような寝床で、声を上げて泣いていた。

「ひどいわ……。お水が勝手に出てこないなんて! 喉が渇いたら、外の共同井戸まで歩かなきゃいけないなんて、人の住む場所じゃありませんわぁ……っ!」

そこへ、不似合いなほど優雅なノックの音が響いた。
扉が開き、日の光を背負って現れたのは、私、ウリエルである。

「ごきげんよう、ルルナ様。……あ、失礼。今はただのルルナさん、でしたわね」

私は鼻をハンカチで押さえながら、部屋の中を一瞥した。
隣には、相変わらずカシアン様が、不機嫌そうな顔で私の背後を守っている。

「ウリエル様ぁ! 助けて、助けてくださいまし! 私、もう三日もコンソメスープを飲んでいないんですの! このままだと、お肌のキメが死んでしまいますわ!」

「スープより先に、貴女の家計が死んでいますわよ。……セバス、彼女の現状の収支報告書を読み上げて」

私の影から、セバスが音もなく現れ、一枚の紙を広げた。

「はい。現在、ルルナ氏の所有財産は現金三五〇ゴールド。未払いの家賃が一〇〇〇ゴールド。……差し引き六五〇ゴールドの債務超過状態でございます」

「な……。ルルナさん、貴女、私が渡した『一ヶ月分の最低生活費』を、三日で使い果たしたのですか?」

「だってぇ! 通りがかりの物売りが、とっても可愛いリボンを売っていたんですもの! 『真実の愛』を失った私には、せめてそれくらいの癒やしが必要だと思って……」

私は、頭痛をこらえるように額を押さえた。
この女、底なしの赤字製造機である。

「リボンで腹は膨れません。いいですか、ルルナさん。今日から貴女が生き残るための『生存戦略(サバイバル・プラン)』を伝授して差し上げますわ。……カシアン様、その『救援物資』を」

カシアン様が、嫌そうに、けれど私の指示通りに一袋の包みをルルナの前に放り投げた。

「……。中身はパンの耳だ。それも昨日の売れ残りだ」

「パンの耳……。これ、馬の餌じゃありませんの?」

「いいえ。これは『高密度な炭水化物の塊』ですわ。ルルナさん、街の西通りにあるベーカリー『ピエール』では、夕方五時を過ぎると、このパンの耳が三〇ゴールドで袋いっぱいに買えます。これに市場で拾ってきた……いえ、譲り受けた野菜の屑を煮込めば、立派な一汁一菜の完成ですわ」

「野菜の屑だなんて……! 私、そんなの食べたことありませんわ!」

「なら、今日が記念すべき初めての『コストカット記念日』ですわね。……あ、それから。ルルナさん、貴女のその無駄に長い髪、少し切りなさいな」

ルルナが、悲鳴を上げて自分の髪を抱え込んだ。

「嫌ですわ! 髪は女の命ですもの!」

「命を維持するためのシャンプー代、および乾燥させるための薪代が、今の貴女には『不良債務』になっていますの。短くすれば、水道代も薪代も三割はカットできますわよ」

私は冷徹に、そろばんを弾いた。

「いいですか。貴女の今の時給は、街の洗濯屋でのアルバイトで時給一五ゴールド。リボン一つ買うために、何時間腰を曲げて働かなければならないか、計算しなさい。……。はい、今この話を聞いている間にも、貴女の寿命という資産が消費されていますわよ」

「……。ウリエル。貴様の教育は、相変わらず容赦がないな」

カシアン様が呆れたように呟く。
私は彼に向き直り、きっぱりと言い放った。

「カシアン様。慈悲とは、甘やかすことではありません。自立できるだけの『経済観念』を植え付けることこそが、真の救済です。……ルルナさん、明日までに、その部屋にある不要な家具をすべて売り払って、家賃の滞納分に充てなさい。できなければ、明後日には貴女、橋の下で野宿(ホームレス)になりますわよ」

「そんなぁ……。クロード様、クロード様はどこにいらっしゃるの? 助けてくださらないの?」

「あの方なら、今ごろ王都の地下水路で、泥にまみれてネズミと追いかけっこをしていますわ。……あ、彼も自給自足の精神を学んでいる最中ですので、お互い様ですわね」

私は、部屋の片隅に落ちていた、まだタグの付いたままの派手なリボンを拾い上げ、ゴミ箱へ捨てた。

「愛はタダですが、生活には維持費がかかります。ルルナさん。貴女がいつか『パンの耳』の本当の価値に気づいた時、私の言ったことが理解できるでしょう。……。さあ、カシアン様。不採算物件の巡回は終わりです。次は、領地の新しい醸造所の利益配分を決めなくては」

「……。ああ。……。ルルナ、死なない程度に頑張れ。葬儀代もバカにならないからな」

カシアン様の無慈悲な励まし(?)と共に、私たちはそのボロ部屋を後にした。

「ウリエル様ぁぁ! せめて、せめてお砂糖を……! お砂糖を分けてくださいませぇぇ!」

背後で響く絶叫を無視し、私は馬車に乗り込んだ。
私の人生に、もはや「赤字」という文字は存在しない。
たとえそれが、かつてのライバルであろうとも、数字の帳尻が合わない不純物は徹底的に排除(リストラ)する。

それが、私の提唱する「真実の経営」なのだから。
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