婚約破棄、感謝いたしますわ!節約狂いの悪役令嬢、浮いた婚約維持費で領地を救う

小梅りこ

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「……いやだ。いやだいやだいやだ! 私は王子だぞ! 太陽の下で詩を詠み、美酒に酔いしれるのが私の義務だ! なぜ、こんな真っ暗で煤臭い穴蔵に放り込まれねばならんのだ!」

地の底から響くような絶叫が、ノックス領北方の炭鉱の入り口に木霊した。
そこに立っていたのは、かつての第一王子クロードである。
ただし、今の彼が身に纏っているのは、絹のシャツではなく、泥と汗でバリバリに固まった作業着だ。

私は、手元に新調した「現場視察用そろばん」をジャラリと鳴らした。

「殿下……いえ、クロード作業員。声が大きすぎますわ。その叫び声に含まれる二酸化炭素の排出量を、今の炭鉱の換気システムが処理するのにどれほどのコストがかかっているか、お考えになったことは?」

「ウリエル! 貴様、ついに来たか! さあ、今すぐ私をここから連れ戻せ! 見てみろ、私の美しい指に、マメができたのだぞ! これは国家的な損失だ!」

クロードが、泥だらけの手を私の目の前に突き出した。
私はそれを一瞥もせず、隣に控える炭鉱長(筋骨隆々の髭面の男)に向き直った。

「炭鉱長。この新入りの『現場監督(見習い)』の進捗はどうかしら?」

「へい、お嬢様。監督どころか、ツルハシの重さに負けてひっくり返る始末でさぁ。昨日は『暗闇が怖い』と言って、貴重なカンドル(火を灯すロウソク)を三本も無駄にしやがった」

「三本!? 一本で一二時間の労働を支えるはずの備品を、ただの『恐怖心』という非生産的な理由で消費したのですか?」

私の目が、冷徹な計算機の輝きを帯びる。
クロードは、私の視線に怯えて後ずさりした。

「だ、だって暗かったんだ! お化けが出そうだったんだ! ルルナがいれば、きっと優しく抱きしめてくれたのに……!」

「ルルナさんは今、王都の共同住宅で『パンの耳』の争奪戦に全霊を捧げていますわよ。……さて、クロードさん。貴方の今日のノルマは、第三坑道の搬出量の管理です」

「管理……? ああ、それなら得意だ! 命令するだけなら王子だった私に……」

「いいえ。貴方の仕事は、『自分の足で坑道を往復し、一回ごとに手書きで台帳をつけること』です。台車が一往復するごとに、貴方の脂肪が燃焼され、我が領地の生産性がコンマ数パーセント向上する。素晴らしいダイエット(コストカット)ではありませんか」

「ダイエットだと!? 私はこれ以上痩せたら、王族としての威厳が……」

「威厳で石炭は掘れません。カシアン様、この方に『労働の喜び』を物理的に教えてあげてくださいな」

後ろで腕を組んでいたカシアン様が、重い足取りで一歩前に出た。
彼が腰の剣を軽く叩くだけで、クロードの顔は一瞬で土気色に変わる。

「……クロード。貴様がここで一〇キロの石炭を運ぶごとに、王都にいる貴様の母君(王妃様)に、質の良いパンが一切れ届く契約になっている。……。それとも何か? 自分の怠慢のために、親を飢えさせるつもりか?」

「は、母上が……。……くっ、ウリエル、貴様、どこまで冷酷なんだ!」

「冷酷ではありません。正当な『成果報酬型支援』ですわ。さあ、一分立ち止まっているごとに、お母様のパンが薄くなっていきますわよ。早く行きなさい!」

「わ、分かった! やればいいんだろう、やれば!」

クロードは、半泣きになりながら重い台車に手をかけ、暗い坑道の奥へと消えていった。
その足取りはフラフラで、お世辞にも「現場監督」には見えなかったが。

「……。ウリエル。本当に、彼をここに送るのが最善だったのか? 余計に効率が下がるのではないか?」

カシアン様が、少しだけ心配そうに呟いた。
私は、そろばんの珠をパチリと弾いて答えた。

「カシアン様。これは『人材の損出し』ですわ。彼を王都に置いておけば、いつまでも『王子のプライド』という名の負債を抱え続けます。ですが、ここで土にまみれ、一ペニーの重さを知れば……将来的に、最低限の自立ができる『償却済み資産』くらいにはなるかもしれませんもの」

「……。貴様は、あんな男の将来まで計算に入れているのか」

「ええ。完全なゴミ(不燃物)として捨てるのは、資源の無駄ですから。再利用(リサイクル)できるなら、それに越したことはありませんわ」

私は、坑道から聞こえてくる「重い……」「死ぬ……」という情けないクロードの声をBGMに、新しい採掘計画書を開いた。

「さあ、カシアン様! 王子の更生費用は、すべて石炭の売却益で賄います。一円の赤字も出させませんわよ!」

「……。ああ。貴様が監督なら、石炭すら金貨に変わる気がするな」

カシアン様は、今や完全に私の「経済感覚」を信頼しきった様子で、満足げに頷いた。
かつての王子を、文字通り『泥臭い労働力』へと変えてしまう。
私の断罪は、ただ滅ぼすのではなく、その存在を「黒字」へと転換するまで終わらないのである。
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